スタージャッジ 第3話
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銛で部屋のドアをぶち破った僕はすぐにグランゲイザーと通信ができることを確認してフリッターを呼んだ。秩序維持省が突入して、外部との通信チャネルを確保したおかげだ。マリスの逮捕も維持省に任せる。とにかくゲイザーに帰って陽子の治療をしなければ。ドアの物陰で、陽子を少し揺すって呼びかけた。
「‥‥マゼ‥ラン?‥‥」
「もう大丈夫だよ。君の魔法が効いたんだ」
陽子が弱々しく微笑み、僕は微笑み返した。そうだ、まさしく魔法だ。今僕を動かしているエネルギーがなんなのか、僕にはわからない。だからこの力は陽子がくれた魔法で、僕はこれで陽子を助ける。

携帯用の酸素パックをつないだフィルムマスクを取り出して陽子の鼻から口までを覆ってから、組んだ足の上で少女を俯けた。背中のむごたらしい傷が辛かった。
「‥‥ごめんよ‥‥ごめん‥‥」
右手だけで不器用に応急処置用のコロイドシートを広げて、その火傷を覆いながら、僕はただそれしか言えなかった。だが陽子はかすかに首を振って言った。
「‥‥よかった。マゼランが助かって‥‥」
「こんな目に遭って‥‥どうして、そこまで‥‥」
脱力したままの少女の身体を起こし、脱いだ上着でくるみながら、思わずそんな問いが出た。陽子が淡く笑った。
「ほんとはあたしも‥‥ちょっと不思議‥‥」
「え?」
「‥‥これが‥‥人を好きになるって‥‥ことだったのね‥‥」
陽子は目を閉じてそうつぶやくと、そのまま僕の胸に倒れこんできた。僕はその身体を抱きしめて、栗色の髪に顔を埋めた。
「僕にもはっきりわかった。君がどれだけ大事か」
「‥‥ありがと‥‥。すごく嬉しい‥‥」
「だからしっかりするんだ。船にいけばこんな怪我、すぐ治る」
「うん‥‥。でももう、だいぶ、ラクになったよ‥‥‥‥」
そんな言葉とは裏腹に、陽子はぐったりと僕にもたれかかったままだ。どう考えても限界に思えた。


陽子を抱え上げて通路に出ると不気味な波動で満ちていた。地球人にとっては頭痛や吐き気がしてくるような状態だろう。僕だって長くいたらどこかのパーツが緩んできそうだ。
マリスが電磁ネットに包まれながらアーマーを爆発させることができたのは音で信号を送ったからだ。電磁嵐同然のオーロラの中に隠れていられたのも、この船自体が音や弾性波の制御系を持っているからと思われる。当然維持省も同じ結論に達して、通常のエネルギー弾に加えて弾性波弾や音響弾を使って攻撃を仕掛けてるからこんなことになっているわけだ。

大きな揺れの合間を縫って入ってきたハッチに向かって急いだ。だがハッチまでもう少しというところで、とんでもない衝撃が襲ってきて僕らは壁に叩きつけられた。状況を把握するため維持省の作戦周波数を傍受してみる。
〈もう攻撃は不要だ! 墜落させてどうする!〉
〈違います! 敵船の遠隔砲が、自船の上部右舷のあたりを砲撃してるんです!〉
僕達を逃がすまいとしてるのか。相変わらずむちゃくちゃだ。

〈A隊、ブリッジ突破! いました!〉
〈マリスは船首ブリッジだ! 全員そっちに集まれ!〉
〈スタージャッジと人質は?〉
〈命令違反のビメイダーはほっておけ! それよりマリスだ!〉
ああ、ほっといてくれ。僕らはお先に失礼する。幸運なことにフリッターは弾幕の外だし、戻しかけていたカプセルも無事だ。僕はこの船に入った時の記憶を辿った。下面、中央部少し前よりに大きなハッチがあった。もし格納庫なら、そこを攻撃することはまずないだろう。


幸い思っていた場所にはすぐに辿りついた。読みどおり格納庫で、三機の艦載機もあった。
「飛行機の倉庫‥‥?」
「うん。災害の時でも逃げられるように、出入り口は手動でも開くはずなんだ。どこかにレバーかハンドルが‥‥」

「待てよ、スタージャッジ」
その声にぎょっとした。一機の小型機の陰から、黒いアーマーが現れた。
「その子の命は、ボクがもらう」
「‥‥どうやって‥‥ここに‥‥」
ブリッジで包囲されてたんじゃなかったのか? 維持省はなにやってんだ。僕は作戦周波数にターゲット発見の信号を送り、視覚センサーと聴覚センサーの取得データをそのまま送信し続ける形にした。陽子を抱えてこいつと戦うのは圧倒的に不利だ。早く連中に来てもらわないと。

「主要な箇所は電送移動できるようにしてある。当たり前だろ」
ぜんぜん当たり前じゃない。船の中を電送移動する奴なんて話にも聞いたことはない。僕は陽子を背中に回して後退る。背中から陽子の怯えと震えが伝わってきた。
「予備のエネルギーを持ってたんだな、スタージャッジ? ボクを油断させるために自分の身体を破壊してみせたとは驚いた。キミはやっぱり最高だよ。だからご褒美だ。その子を失う悲しみを、孤独を、思い知らせてやるよ」
「もううんざりだ! 僕にはもう十分に予測できる。陽子を失う悲しみも、孤独も!」
「そして憎しみも、だ、スタージャッジ。ボクを憎んで生きろ、機械人形!」

「クラッディング!」
陽子を壁際に下ろして飛び出し、打ち込まれたソードを左腕プロテクターで受け止めた。手首を返して奴の右手を掴む。装甲の接続部は左手の破損箇所の少し上なので、武装すると逆に左手も使えて助かる。マリスは体を丸め、僕のボディを蹴って陽子の方に飛ぼうとした。その足首をつかんで床に叩きつけ、同時に奴のソードを奪い取る。床に伸びた黒いアーマーの上から全体重をのせて蹴り込んだ。
そのまま奴の喉元を掴み上げ、ぐんと飛行して奥の壁に押しつけた。左腕のプロテクターを前方にスライドさせると、その中に仕込まれてるエネルギー銃を最高レベルの光弾モードにする。銃口を奴の右肩に押し当てるようにしてぶち込んだ。半分暴発してこっちのプロテクターも壊れたがもうどうでもいい。
跳び退りざま、奴のアーマーの脚部に持ってきた焼夷ゲルをぶちまけ、用意してきたエフェクターを投げつける。ゲルは即時に発熱し始め、エフェクターは周波数を変えながら何種類もの甲高い音の組み合わせをまき散らす。マリスが自分のアーマーを融解させた時の音信号。どうせ変更してるだろうが、偶然でいいから当たってくれ。

振り返ると、驚いたことに陽子がだいぶ移動していた。座り込んで壁をなでている。僕はひと跳びで彼女のそばに戻った。陽子が僕を見上げる。
「‥‥これ、模様じゃない、よね‥‥?」
短い弧状の細い棒がいくつか壁に張り付いてる。ランダムで適当に撒き散らしたような状態だが、棒の片方を押すと動く。そしてその先の床は明らかに稼動部。となると、これは‥‥

「そうだよ、それがハッチの鍵。なんの形にすればいいか、わかる?」
近づいてくるマリスの脚部は表面がやや溶けただけでなんともない。エフェクターも失敗だったようだ。ただ右肩は抉れ、装甲の腕が多少ぐらついてる。でも声音には苦痛の色もない。
「相変わらず凄まじいね、スタージャッジ。やっぱりキミを動けなくなるまで破壊しなきゃ、ダメか」
「俺も今、そう思ってたとこだ」
「いい答えだ。隔壁は全部閉じたから、邪魔はしばらく来ないだろ」

「‥‥マゼランっ」
陽子が僕の腕に手をかける。その髪に例の翻訳髪飾りがあった。なんてこった。上着に入れたやつを見つけたんだ。怯えさせるくらいなら壊しておけば良かったと思いながら、陽子の手を軽く叩いた。
「大丈夫だ。絶対助けるから」
陽子が僕の腕を揺さぶり、泣きそうな顔で首を強く横に振った。
「違うよ。無茶しないで。死なないで! 約束よ!」
僕は黒い瞳を覗き込み、その白い頬をなで、装甲の中だったけど笑ってみせた。
「君と一緒にいるって約束したろ? なら死ぬわけがない」
陽子が泣き笑いのような顔でこくこくと頷いた。

「もういいかな? 見てると妬けるよ。その分、あとがすごく楽しみだけど」
マリスが一歩踏み出してくる。
「言っとくけど、自滅なんて考えるなよ。キミが死んでもその子は殺す‥‥」

マリスがそう言ったときはもう、僕は奴のソードで切り込んでいた。このソードのほうが僕の武器より強力だ。マリスは軽やかに跳び退る、それを追う。奴は僕を嘲笑うように紙一重のところで切っ先をかわしていく。スピードにもセンサーにも絶対的な自信があるんだろう。全てを無効化されながら、僕もひたすらに斬りつけ、突き続ける。一つには陽子から離れるため、そしてもう一つ。
マリスの動きがもはや惰性のようになってきた時、僕は柄のほとんど終端を掴み直した。ずっと短く持っていた。奴がその間合いに慣れきるように。案の定、地摺りからすくい上げたソードに手ごたえがある。刃が左大腿部に食い込み、黒いアーマーがぐらりとのけぞった。両手で掴んだソードを満身の力をこめて跳ね上げる。だがマリスはその刃を左前腕で受け止めて押し返してきた。

奴のアーマーの出力に逆らっても無駄だ。押されるままに手を床につき足を跳ね上げる。重心の崩れた奴の背中に力一杯の膝蹴りを叩き込み、少し跳ね飛んで距離をとった。マリスのソードはもらったままだ。

一度は床を舐めたマリスだがすぐ跳ね起きてくる。
「いったいキミは何者だい。本当にスタージャッジ? 軍事用に作られたんじゃないの?」
「軍事用だろうが工事用だろうが知ったことか。ただ、お前を止めるだけだ」
「ボクら自由人の奴隷の分際で偉そうに!」

「じゃあ貴様はなんだ!」
僕は奴の頭上にソードを叩きつけていた。もちろん奴はよけたが、もし当たっていたら殺していたかもしれなかった。
「自分の歪んだ欲望のために、何人もの命を奪い、何の関係もない陽子まであんなむごい目に遭わせた貴様は、いったい何様のつもりだ!」
「ボクにはスタージャッジに復讐する権利があるんだ!」

「そんなものあるか! あんたは愛されて育った。愛することも知ってた。それでなんでこんな結論に行き着くんだ! 俺達がいなけりゃあんたの病気は直ったのかもしれない。でも不当に征服されて多くの人が苦しむ可能性の方が高かったんだ! それにたとえ自分が辛い目に遭ったからって、他人を踏みにじるのが自由人のやることか! そんなことが自由の意味なら、そんな自由、無くなっちまえ!」

「だまれ、このくそビメイダー!」
すばらしくスピードの乗った黒い拳が入ってくる。一挙に間合いを詰められた。何度か弾いたところで重いブローが腹部のちょうど破損箇所の上にヒットする。一瞬、信号の流れが止まった。装甲には緩衝材なぞ無い。物理的な衝撃はダイレクトに響く。俯きかけたところに強烈な蹴りが飛んできて僕はふっとび、壁に激突した。もう一度マリスの足が腹部にめり込み、僕は呻いて屈みこんだ。
「腹のキズ、さすがに治ってないみたいだね。そこからバラしてやる」

ああ、治ってない。だけどお前にはわかってない。僕がもう痛みなど一切感じてないことが。
動かない僕に油断した大振りの左が入ってくる。それを掴み取り、相手の勢いも利用して壁に叩きつけた。奴の身体を俯せに床に踏みつけ、掴んだ左腕を背中に回して捻り上げる。足の下からガリゴリといやな響きが伝わってきて、黒いアーマーの肩の可動部が内部本体の肩関節もろともに砕けていく。

手に熱を感じた気がして、とっさに奴の腕を肘から折り曲げ、手先を自身のアーマーに向けさせた。同時に奴の左手先がぶわりと気化する。だが奴の武器が分解したのは僕じゃなく、自分のアーマーの背中部分だ。
僕はもう飛び退いてる。奴は壁の手すりに捉まって立ち上がると、その手すりを折り取った。剥き出しで血まみれの背中はスキンだからともかく、少なくとも左肩は砕けてるだろうに、奴の方も苦痛の声は一切無い。

手すりの棒を即席の槍として、マリスが僕に突き込んでくる。身体を開いてかわした僕に黒い欠片がぶちまけられた。ずん、と腹に届くような低周波数の振動とともに、そいつが灼熱を発して融解する。大きく飛んで距離を取るが、僕の装甲には白熱するマグマに変化した奴のアーマーがまとわりついていた。
「クラッド・オフ!」

ちょっとこの熱量は捌ききれない。いったんアーマーを解除して高熱エリアから逃げ出す。だがそこに矢継ぎ早に繰り出されてくる即席槍。左半身のアーマーを僕にぶちまけてしまったマリスが、鮮やかな槍捌きで未武装の僕を追い詰めようとしている。左半分だけのぞいている大きな瞳のその顔は、何も見ていないかのように無表情だ。だがこっちの動きも半端じゃない。緊急モードでもないのに、どうしたんだ、僕の身体は?

僕は奴の脇をすり抜け壁を駆け上がった。
「クラッディング!」
壁を駆け下り蹴り出して、奴の左脚部を薙ぎ払う。切った感触もないまま奴の左脚が飛ぶ。マリスがぐらりと回転して倒れ込んだ。仰向けた奴の胸部を足で踏みつけると、その右大腿部を無造作にソードで突き刺し、床に縫い止める。そして大きな目を見開いた奴の左顔面に銃をつきつけた。


「そこまでだ、スタージャッジ!」
廊下からわらわらと維持省の連中が飛び込んできた。
「マリスを殺すな! 命令だ!」

僕とマリスは多環境戦闘防護服を着用した六人の維持省隊員に囲まれた。半数の銃は床のマリスに、残りは僕に向いている。僕の正面にいた一人が、僕の喉元に合わせた銃の安全装置をこれ見よがしに外してみせた。
「武装を解除しろ」
僕は隊員達をぐるりと見回し、他の隊員とともに後方にいた少し派手な服装の人間に向かって言った。
「先にこいつをきちんと確保しろ。もう一度取り逃がしたら、俺はこいつを殺しかねない」
彼は頷いて、部下に合図を送った。僕に向いていた銃口がさがってマリスに向いたので、僕はマリスから足をどけて、少し離れた。

マリスは隊員達に助け起こされるようにして上半身を起こした。その身体は改めて見るとひどい有様で‥‥自分の行為を見せつけられて、体内に合わない部品でも突っ込まれたような気分になる。でもマリスはされるがままになりながら、僕を見上げて言った。
「おめでとう、スタージャッジ」
「どういう意味だ?」
「キミの勝ちだ。その子にはもう手は出さない」


どこまで本気だ? まだ、何かあるのか? だが維持省はキャストネットに加えて弾性波発生装置まで持ってきてマリスに巻きつけてる。いくらなんでももう大丈夫だろう。僕は緊急形態を解除した。高出力を続けた頭も身体も暴走寸前で、膝をついて荒く息をついた。
「マゼラン」
壁のそばにいた陽子がこっちに来ようとしてる。笑って手をあげてそれを押しとどめ、立ち上がろうとしたら、眼前に二丁の長銃が突きつけられた。

「まて、0079。今回の命令違反はビメイダーの犯したものとしては重大だ」
二人の維持省の隊員がこっちに回ってきてた。
「陽子を助けるには仕方なかった。マリスが捕まったんだからいいだろう?」
「さっきマリスを殺すと言ったな。自然人にあそこまでの攻撃を加えられるビメイダーなど危険すぎる。お前を逮捕して調整する」
頭がかっと熱くなって手を上げかけたその時。

「やめて! やめて、お願い!」
背の高い隊員達の間をすり抜けてきた陽子が、銃から僕をかばうように割って入ってきた。
「あたしを助けるためだったの! マゼランは悪くないの! おねが・・・」
そこまで叫んで、陽子が胸を押さえ込んだ。抱きとめると引き攣れたように震えている。コロイドシートに多少の鎮痛治癒効果はあれど、こんな寄り道をしてる時間は無いんだ。こいつらはなぜそれがわからない!
本気でこの二人を殴り飛ばしたくなっていたが、僕が"警察"に乱暴したら陽子にまたストレスをかけてしまう。もうこれ以上、陽子の身体も心も傷つけたくなかった。

僕は深呼吸して自分に落ち着けといい聞かせ、陽子の髪飾りを取った。気づいた陽子がいやいやをするように首を振り、髪飾りに手を伸ばす。それを押し戻して言った。
「もうこれはいらないよ。全部終わったんだ。こっちは大丈夫、わかってもらえるから」
正直に話して通用しないなら、こいつらを蹴散らすだけだ。でもこれから僕が話すことを陽子に知られてはならない。

隊員達はさすがに押し黙っていた。言葉が通じなくても、陽子の必死さも何を言いたいのかもわかったんだと思う。陽子を抱きしめたまま彼らのゴーグルを見上げる。
「この子はひどい傷を負ってる。早く母船で治療したい。だから行かせてくれ。僕の逮捕も調整も不要だ。僕はたぶんリプレースモードに入ってる。この子と会ってからのバックアップもない。あとはもう消滅するだけだ。あんた達の心配の種は無くなる」
「そんなバカな。リプレースモードのスタージャッジが動けるはずは無い」

「僕もそうは思う。昔一度"死んだ"時もこんなことは起こってなかった」
スタージャッジのボディが死を迎える時、その記憶を維持し、最後の記録を取り、己の場所を示す信号を母艦に対して送るために特別なエネルギーが僕らの体内には置かれてる。それは地球の車のエアバッグみたいに、ボディが廃棄されること前提の最後の手段だし、なおかつ意識あるままにそれを使う方法は無い。僕らはそう作られているはずだ。でも‥‥。
「僕と陽子が持っていたHCE10-9は全てマリスに奪われた。予備も持ってない。それでもこうして動ける理由が他にはない」

「その身体の破損状況を見れば、君が極限状態に置かれたことはわかる」
いつのまにか指揮官が近寄ってきていた。
「どうしてそうなった?」
「HCE10-9を奪われて一切パワーが無くなった。でもこのままでは陽子が死ぬと思ったら、いきなり動けるようになった」
「その娘を守りたい一心で、そんなことになったのか」
「僕にもよくわからない。たださっきまで驚くような高出力が出ていて、リプレースモードに思い当たった」

指揮官が部下の二人を下がらせると僕に手を伸ばした。少しためらいはあったが僕も右手を出したら、彼は僕の手を引っ張って立ち上がらせてくれた。
「君が送ってきたモニターはずっと確認していた。君の頭脳が異常をきたしているとは私には思えない。行くがいい。遠隔砲はすでに破壊済みだ。右舷のハッチから出られる。母船まで戻れるか?」
僕はほっと安堵の息をついた。
「戻れる。ありが‥‥」


「隊長。ターゲットが‥‥」
皆が振り返る。アーマーを剥ぎ取られたマリスが、上半身を起こしたまま、虚ろな表情でぶつぶつと何かをつぶやき続けている。
「おめでとう、スタージャッジ‥‥君の勝ちだ‥‥その子にはもう手は出さない‥‥おめでとう、スタージャッジ‥‥君の勝ちだ‥‥その子にはもう‥‥」

「どういうことだ? 狂ったのか?」
指揮官の問いに、マリスのそばにいた隊員が答えた。
「ずっと無言だったのですが、反応はしてたんです。でも急にこんなふうになってしまって‥‥」
「中身の確認は?」
「左脚切断部から見て何かのボディが入っているのは確かですが、スキンの除去の方法が不明です。我々が把握していた生体波が、スキンのものだった可能性も‥‥」

「おめでとう、スタージャッジ‥‥君の勝ちだ‥‥」
声が二重に聞こえた。もう一つの声が上のほうから。そこでマリスがかくん、と横倒しになった。まるで壊れた人形のように。

声だけが続く。嘲笑を含んで、いかにも楽しそうに‥‥‥‥。
「‥‥でも、その子の命は、ボク、がもらう‥‥」

「‥‥マリスだ‥‥。奴は、まだ、自由でいる‥‥」
そうつぶやきながら、僕は、半分のアーマーから見たマリスの顔を思い出していた。あのとき感じた小さなトゲのような違和感が、今、巨大な厄災に膨らんで、僕らの前に立ちはだかっていた。


2013/2/3

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