スタージャッジ 第3話
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ばらまいてあるピットの感度を上げ、各国の気象衛星の記録にハッキングし、拾い上げたデータをメインマシンに放り込み、僕は必死で陽子の行方を探し続けている。奴のシップのサイン。陽子の髪飾りの信号。ほんのちょっとでもいいから‥‥。
僕は自然人達が言う「神に祈る」気持ちを理解し始めていた。

今のところ地球の磁気圏内にはグランゲイザーと秩序維持省のシップと地球製の衛星以外の飛行物は見つかってない。だが少し前にどでかいフレアが発生したため、地球にはかなり激しい磁気嵐が起きている。大気圏外から何かを探すには最悪のコンディションだ。
マリスが使った電送リングは本来は秩序維持省しか使えないはずの代物だが闇では出回ってる。飛距離はせいぜい数千キロメートル。陽子の髪飾りの信号をわずかにキャッチできた高度千二百キロメートルで、維持省は飛び石――つまり電送の中継器を発見した。残念ながらログを即刻破棄するタイプで、どこから来てどこに飛んだかは不明だ。中継を使ったということは、奴の跳び先が遠くか、あるいは直進では行けない場所であることを示してる。宙には僕らの船がいた。ということは奴がまだ地球圏にいる可能性は高い。

探索しながら、ようやく身体と装備の修理が終わった頃、ヴォイスからコールが入った。
〈0079。照合が終了しました。貴方が送ってきた機器と同じものが、ボディの切り替え時に不審な点があって本部に転送されたスタージャッジのボディのうち、五体から発見されています〉
機器ってのは僕の肩に打ち込まれてた妨害信号を発信しまくる弾丸のことだ。マリスのナイフやらアーマーの燃えかすは維持省に持って行かれてしまったのだが、これだけは僕の体内に残っていた。
「その五ケース、切り替え前のボディの死因についてはどんな結論が出ていたんですか?」

僕らの自立的な思考と活動が止まった――つまり死んだ――時、僕らの身体はリプレースモードに入る。その時点で初めて使える予備エネルギーを使って、母船に対してボディが死んだことを知らせ、記憶を保ち、かつ周囲の状態を記録する。スタージャッジがリプレースモードに入ったり、母船と一定期間音信不通になったら、母船は最近の記憶のバックアップを新しいボディにインストールしてスタージャッジを復活させる。

生まれ変わったスタージャッジは前の身体を探し、可能な限りのデータを引き出したあと古いボディを消去するが、もし前のボディの"死因"に不審な点がある場合は、ボディを本部に送って調査する。ちなみに古いボディの記憶はあくまでデータとしては参照するが新しいボディには取り込まない規定だ。つまり"死"の記憶を持っているスタージャッジは存在しない。

〈はっきりしたことは不明です。メモリは全て物理的に破壊されていました。事件の直前に正体不明の相手から攻撃を受けているという報告がシップに記録されていますが、どれも短時間です。たぶん反撃する間も報告する間もなく破壊されたのでしょう。うち二件では相手の映像もありますが、今回貴方が送ってきた映像のどれにも合致はしません〉
「他に手がかりは? スタージャッジ不在の期間にそれぞれの星でどんな事件が発生したんですか?」
〈ランダムです。まったく何も発生しなかったケースもあれば、違法な集団の侵入があったケースもある。ある一つのケースでは星の住人にとって甚大な被害が出ました。あと破壊されたボディの損傷が激しいのは共通項です。『銀の鏃』が十数発も見つかったボディもある。貴方の報告通り怨恨が理由とするなら話は通ります。ただリプレースされた本人に対して、その後はなんのアプローチが無い理由は謎です。そちらの状況は?〉

「何も、まだ‥‥」
〈いいでしょう。まあそう焦る必要もないでしょう〉
「‥‥え?」
〈本部は今般の事件について、スタージャッジ0079、貴方の出動を許可しません。貴方は当事者であり、犯人の性向から考えて貴方が出向くのは不適切です。秩序維持省も同様の見解です〉
「なぜです! マリスは地球人を人質にしている。彼女を助けることは僕の任務でしょう!?」
〈スタージャッジの任務に個人の命の保全は含まれません。被害者がHCE10-9を持っていたことで、貴方の関係者と勘違いされたことが幸運でした。犯人は我々への復讐のために多くの地球人を殺害する可能性もあったのに、それがたった一人の命で済むのです〉
「‥‥それは‥‥どういう‥‥?」

〈今後の作戦行動で被害者の救出は偶然に委ねられます。維持省は地球の安全を最優先にする中で、リューカー=ドゥーズの手がかりであるマリスの"記憶の確保"を目的に動きます。チャンスがあるならもちろん助けますが、あえて人質を救出することはしません。本部はその点について既に承認しました。貴方の報告を解析し、犯人のプロファイリングを行った結果、以上が最適な手段です〉

僕は頭が――全身も‥‥麻痺したようになっていた。ヴォイスの言っていることを理解するのが困難で‥‥彼女の言葉を頭の中で何回もリピートして、やっと意味を掴んだ。

「‥‥いやだ‥‥。そんなの‥‥受け入れられない‥‥」
〈なぜですか。指示に不適切、不合理と思われる点があるなら、指摘しなさい〉
「だって‥‥陽子を‥‥。そんな簡単に、人を‥‥人の命を、見捨てて、いいわけがない!」
〈その通りです。ただしその一人を助けるために他の多くの民間人の命を危険にさらすとなれば話は別です。前回もかなり際どい選択を貴方は行いましたが、種々の状況から本部は問責を見送りました。ですが今回は一切許容できません。犯人は手段を選ばない。カミオで行った虐殺行為を地球で行わない保証は何もありません〉

「奴の目的は僕です。他の地球人は関係ない。僕が行けばきっと‥‥」
〈それはあり得ません。犯人の目的は貴方の命ではない。それにマリスは貴方が出てくることを想定しているでしょう。ならばその裏をかいた方がいい。被害者は無いものとして扱います。わずかな犠牲でリスクが回避できるのですから、そうすべきです〉

「‥‥わずか、なんかじゃない‥‥。たった一人だけど‥‥わずかな犠牲なんかじゃないんだ!」
思わずコンソールをぶったたいていた。ヴォイスの答えはない。
「僕は陽子を助けたい。僕の全てを賭けて‥‥。他の被害は出しません。だから‥‥」
〈貴方は本部の命令に背くことはできません。ましてや自分自身を賭ける権利などありません。貴方の所有権は未接触惑星保護省にある。分かっているはずです〉

かろうじて自分の動きを抑えることができた。反動でばらばらになるかと思った。

落ち着け。
今は、落ち着け。
どんな処分を受けようが、僕は、僕の思う最善の手を取る。
たった一人の犠牲者も出さずに、この件を片付けるんだ‥‥。

「‥‥分かりました」
〈それでは次の指示があるまでグランゲイザーで待機するように〉
「はい」
〈それから0079。あなたの最近のバックアップが送られてこないのですが〉

そうだ。ちょうどバックアップをとらなきゃと思ってたとこだったんだ。そこにラバード達が来て、陽子と出会い、色々起こって‥‥。

‥‥僕は陽子の記憶を媒体に閉じ込めたくなかった。僕の腕に‥‥僕の身体に残ってる陽子の記憶。何も知らない新しいボディが"形だけの記憶"を受け継ぐのが、なんとなくイヤで‥‥

〈トラブルの多い時こそ、頻繁にバックアップしておいて下さい。我々は貴方を失うことを望みません〉
所有している装備をムダにしたくないからですか?と聞き返したくなったが、僕はただ「はい」と答えた。なぜそんな無意味な質問が浮かんだのだろう。


通信を終えると、僕はヴォイスの言葉から必要なデータだけを取り出し、残りを頭から叩き出した。

マリスの本体があの小さな身体なのは間違いないようだ。それがまるで人間に見えるアーマー――スキンというべきか?――を着て、その上に戦闘用のアーマーを着てる。普通の生体が二重のアーマーを着こなすというのはちょっと考えにくいが、たぶん本体のかなりの部分が人造物なのだろう。
その上奴は維持省のキャストネットで縛られたまま、アーマーを分解してエネルギーに変えてた。つまり電磁波以外の情報伝達手段も持ってるってことだ。奴の持ってる全ての装備にジーナスの技術が使われてると思って間違いないだろう。

ヴォイスはスタージャッジ達は反撃する間もなく破壊されたと言ったが、本当にそうだろうか。いやな想像だが、マリスは僕の仲間を母船と通信できない状態にした上で、なぶり殺したんじゃないのか。だいたいいきなり破壊しようと思ったら『銀の鏃』なぞ使わない。自分の破損状況を見てよくわかったけれど、あれには破壊力がほとんど無い。ただ痛みの信号を出すだけなんだ。
スタージャッジが母船とのチャネルを確保できなくなることはあまり無い。僕らとピットと母船は多種多様な方法で伝送路を確保する。たとえば情報をパルス程度のパケットに分割して他人の使ってる電磁波にノイズのように忍び込ませることもできる。とはいえ強力な電磁ネットと分厚い絶縁体でくるまれて、すぐに絶縁体で出来た区画に放り込まれたら‥‥。

スタージャッジが殺された直後、事件が発生することもあれば発生しないこともあった。それはマリスが誰かの依頼で動いた場合とそうでない場合なのか。だとすると今回は依頼主の無いケースだろう。誰かの依頼だったら、僕をこうやって生かしておくはずがない。
だからこそチャンスがあると思えた。マリスは対外的な要素を一切気にせず、僕への憎しみだけで動く。だから陽子も今は無事のはずだ。もし陽子の命を奪うなら、僕の目の前でと考えるからだ。そしてその目的があるから僕のこともあっさりは殺さない。こんな方向で解法を考えたことはないけれど、陽子を助けるためにはどんな考えにもすがるし、どんな手段でも取る。

どんな結果になろうと、必ず陽子だけは‥‥。

 * * *

夏の北極海は誰かが氷をまき散らしたようだ。大きめな白い塊の上に何者かが立っていて、手招きをした。僕はカプセルから飛び降りて、そいつと同じ氷の上に降りた。僕が一番最初にマリスとして認識した姿だ。長身の地球人もどき。銀の巻き毛、大きな青い瞳。切り落としたはずの左手はしっかり治っていた。

「来たね、スタージャッジ」
「陽子はどこだ」
マリスが手を開いて僕に見せる。そこにピンク色のリボンが載っていた。
「こんなもの渡してたんだ。あの子、本当にただの地球人だったんだね」
奴がそれをポンと投げてよこす。それは正真正銘、僕が作った陽子の髪飾りをだった。
「これでもう君には、あの子がどこに居るか、わからない」

少し前、途切れ途切れだが、ピットのセンサーにこの髪飾りの信号が入った。割り出せたのがこの場所だ。天気がいいから少しわかりにくいが、空にはかなり大規模なグローオーロラが発生している。
「キミ、一人で来たのかい? 維持省は?」
「僕一人だ。本部にも維持省にも報告してない」
「へえ。前の威勢はどうしたのさ」
「陽子は? 無事なんだろうな?」
「もちろん。でもちょっと弱ってる。ジャンプもかなり辛かったみたいだし、可哀想にね」
表皮の内側が泡立つような感じがしたが、ここでこいつに怒りをぶつけてもなんにもならない。自分に落ち着けとささやくのは、今日何度めだ?

「で、僕はどうしたらいい?」
「なにが?」
「陽子が人質になってる限り、僕はお前に対して何もできない。だから聞いてる」
「素直で正直だね、スタージャッジ」
マリスがくくっと笑う。
「じゃあ‥‥、どうしようかな」
マリスは妙な形の銃を取り出して僕に向けた。例の「銀の鏃」の銃だ。
「たとえばこいつをキミに何発か撃ち込むけど、じっとしててと言ったら?」
「了解だ」

黒い銃とマリスの顔を視界に入れたまま、僕は例の怒濤のような信号に備えた。だがマリスはにっと笑い、何もせずに銃をしまった。
「やめとく。キミ、あの子のことになったら、痛みなんて、すぐ忘れちゃうだろ」
そう言うと、マリスは一歩後ろに下がった。その身体がしゅん、と黒いアーマーに覆われる。
「あのカプセルでついといで。アーマーはダメだよ。いい子にしてたらあの子に会わせてあげる」
あっさりとそう言ったマリスに少し驚きながらも、急いでカプセルを呼び、後を追った。

マリスのアーマーの飛行スピードは驚異的だった。こっちもアーマーだったら、付いていくのはぎりぎりだったろう。高度百五十キロメートルの高度に奴の船とおぼしき塊が降りてきていた。オーロラの中に隠れていたんだ。太陽風の荷電粒子に大気中の分子が打ち叩かれて輝くオーロラは、電磁波が不安定になる危険な空域だけど、外からの探索も極めてやりにくい。

マリスは船体に沿うように回り込む。船は五角錐を寝かせてやや扁平にしたような形で、一般的な可視光の透過コーティングをしてるようだ。たぶんノイズ・キャンセラーもかけてるだろう。内部から発生する電磁波を瞬時に解析して、逆位相をかけて打ち消す機能で、停止か低速で移動している時しか使えない。先日のポーチャーコンビの船も同じやり方で隠れていた。

上面になっている部分でハッチが開いて、マリスが中に入った。僕もカプセルから出て飛び込む。
「こっち」
マリスはもう戦闘アーマーを解除していた。まったく無防備に、それこそ友達でも案内するように先に立って通路を進んだ。僕が何もしないと‥‥いや、できないと、信じ切っているようだ。内側のハッチが閉じた時、僕とゲイザーとのチャネルは完全に絶たれた。
通路の壁のあちこちに太いパイプのようなものが何本も走っている。通信やエネルギーの伝送路だろう。だが船全体は異様な感じだ。ぶうんという機械のうなり声のような音は聞こえるのに、電磁的には妙に静かで、まるで山の中で地鳴りでも聞いてるようだ。

酸素濃度は調整されてるようだ。この高さだから重力も問題ない。ただ気温が低い。陽子にとってはあまりに寒すぎる。説明できない信号が胸のあたりに居座って、それがどんどん増大して身体から溢れ出しそうだ。ここ半月で覚えたたくさんの精神状態の一つ。不安。でもあまり役に立つものじゃない。

マリスがある場所で立ち止まった。壁に手をふれると壁がすっと開いた。こちらを見やると、中に入るように顎で示す。僕はマリスの脇をすり抜けて、部屋の中にはいった。部屋の中は地球人的には真っ暗だが、一部がぼおっと明るい。その光の中央。部屋の奥の壁の少し手前に陽子がいた。

Y字型の柱に両手を固定され、がっくりと頭を垂れている。浅い呼吸音と鼓動が聞こえた。高温に熱せられた金属線がぐるぐると、その周囲をとり囲んでいる。
「陽子!」
駆け寄ろうとしたら、熱い金属線がすぼまり、蛇のように陽子に絡みつきかけた。ぞっとして立ち止まる。

「ダメだよ、勝手に近寄っちゃ」
その声に振り返った。マリスがピンと指を弾くと金属線が元の位置に戻る。
「キミが言うこと聞かなかったり、維持省とか突入してきた時のため。ついでに温めとけるし。アタマいいだろ、ボク」
「陽子を、どうする気だ‥‥」
「安心しなよ、それで焼いた程度じゃ死なないよ。そりゃ、かなり泣き喚くだろうけど」
「なんだと‥‥」
「ダメダメ。いい子にしてなきゃダメって言ったろ。まあいいや。自分の手でちゃんと確認しなよ。正真正銘、キミの大事なあの子だって」

マリスがもう一度指を弾いた。金属線が台の部分に収納される。僕はおそるおそる陽子に近づいた。何も起こらないことを確認して、項垂れた頬に触れ、顔を起こす。瞼が震えて、陽子が目を開けた。
「陽子っ」
「‥‥あ‥‥」
陽子の瞳がぼんやりと宙を泳ぐ。
「しっかりしろ、陽子! 僕だ、マゼランだ!」
「まぜ‥‥らん? マゼラン、マ‥‥」
喉にひっかかるような声で僕の名を口にした陽子は、そこで弱々しく咳き込んだ。ほどけてしまった髪が乱れ、青ざめた白い顔が苦しげに歪む。羽織っていたはずのグリーンの長袖シャツは無く、半袖から伸びる細い腕は、肘から先をクレイで固められている。靴が脱げてしまってソックスだけになっている足先が床についていない。自重が呼吸を妨げてるのか。こんなに衰弱して、どれだけこんな状態に置かれてたんだ!?

クレイを壊そうと手を伸ばした時だ。首のあたりにリークが走ったように思った。陽子を背中にして向き直る。次の瞬間。

何かが飛んできて、僕の腹部に入った。勢いよく壁に叩き付けられ、そこから動けない。目の前に黒い足が見えた。
「さあ、感動の再会はここまで」

僕の身体から棒が付き立っていて、棒の先にマリスが立っていた。奴が跳ね揺れると腹の中がかき回された。破損したパーツから溢れた体液が胸もとまでせり上がってくる。奴はにっと笑ってぽんと飛び降りた。
「こ、の‥‥」
銛だか槍だかが僕の身体を貫いて壁に突き刺さっていた。なんとか自由になろうと足掻く。肘をつっぱって上半身を壁から引きはがしたが、マリスの手が僕の胸をまた壁に押し戻した。
「これで、終わり」

胸に熱さを感じた。奴が何か持ってる。でもそれが発熱してるんじゃない。逆だ。僕のエネルギーが奴の手に向かって移動してるんだ!
「ま、さか‥‥。よ‥‥!」
喉にからまった液体を吐き出し、奴の腕を掴む。だが押しのけられない。

「頂いたさ、あの子からも。徹底的にね。まさかあんなになるなんて、思わなかったけど」

体内からHCE10-9が流出していく。代わりに恐怖と後悔が僕の頭を黒く埋めていった。


2009/5/10

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