スタージャッジ 第4話
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でも、半年前のマゼラン‥‥。姿はこのマゼランとまったく同じで、あたしのことを全然知らない人。もし会っていたら、きっとあたしはその人に"この"マゼランを助けてとお願いしたんだと思います。双子なら話は簡単だけど両方本人だから色々とやっかいなことに‥‥‥‥。良かった、そんな辛いことにならなくて。

「それでマゼランは、半年前のマゼランになんて書いたの?」
お話の続きをねだります。
〈君をフリッターに乗せてゲイザーに逃がしてる可能性が一番高いと思ってたから、君を安全に地表に返して欲しい。君が困らないように、怖がらないようにして欲しい。陽子は僕の大事な人だ‥‥と言い始めて、気づいたんだよ。過去の僕には、この言葉の意味が分からないってことに〉
「え?」

〈スタージャッジは担当惑星の住人にはできるだけ被害が及ばないようにする規則になってる。だから住人である君は大事だ。そういう意味でしか昔の僕には理解できなかった。彼は僕のメッセージを見ても、ただ事件に巻き込んでしまった人として、優しく丁重に、でも機械的に、君の記憶を消して、君を地表に返したんだろう〉
マゼランが少し顔を上げて、どこを見ているかわからない眼差しになりました。
〈僕は沢山のことをインプットされて生まれたし、地球に来てからも次々と情報や知識を得て、それを忘れることがない。何か命令されれば、その目的を達成するためにどうすればいいか何通りも考えて計算して、可能性の高い道を選ぶことができる。でも‥‥自分が何かを好きだとか嫌いとか、こうしたいとか、こうすべきだとか、そんなこと考えたこともなかった。考えようとも思わなかった。ずっとそうだったんだよ〉

味はわかるけど、美味しいという感覚はわからない‥‥。
今までこの人が口にしたいくつかの小さな違和感を、全部串刺しに説明してくれてるみたいでした。でもそれは"地球でママから生まれたあたし"が感じる違和感なんだってことも忘れちゃいけません。

〈君が好きだ。君と一緒に居たい。君に生きてて欲しい。どれだけ命令違反をしても君を助けたい。そういった僕の気持ちが‥‥たった半年前の、同じ自分に伝えられない。君と会ってほんとに変わったんだって思った。僕には陽子が居た。でも過去の僕には誰も居ない。それで"大事なかけがえのない人"って概念を説明するのは難しいことだもの〉

「うん‥‥。なんとなくはわかりました。でも、やっぱりマゼランは、自分で変わったんだと思うの」
〈え?〉
「今ね、マゼランという地面から自由人っていう芽が出てきて、みんなが『自由人だ!』ってわかったとこなのよ。でもマゼランの中にあったタネはもっと前から水分や栄養を探して根を伸ばしてたんじゃない? そこにたまたまあたしが来て、ちょっとお日様にあてただけ。違いますか?」
あたしはマゼランから博士達に視線を移しました。ライプライト博士お二人がにこにこして聞いてるのがわかったからです。
〈ヨーコはたとえがうまいな。先ほどの酔っ払いの話といい〉
マゼランは考え込んでます。
〈そうか‥‥。ここ何十年か、ずっとモヤモヤしてたのは、それだったのかな‥‥〉
「だから最初に戻るんです。普通に生まれてくる人も最初は何にもできなくてタネのままで、それでも自由人なんだから、ビメイダーの人達も、生まれた時から自由人じゃなかったんですか?」

〈この宇宙という"社会"を成り立たせるためには、自然人では耐えられない"非人間的"な職務がどうしても必要なのだが、そこを担うビメイダーに人権があると色々とやりにくいという自然人のエゴがまず存在する。だが一番大きな理由は、生まれたばかりのビメイダーにはヨーコの言うタネ、つまり意志が無いのだよ。身体と頭脳は製造者が作る。だが"意志"は当のビメイダー本人にしか作れない。もし生まれた時から意志を持ったビメイダーが居たら、その意志はあくまで製造者の意志であり本人のものではない。そうならないかね?〉
「あ‥‥!」

〈自由人とは"自らの意志を持って自分の行動を決めていく者"だ。自然人は自己存続欲求が最初の意志になるが、ビメイダーは安全面からそういった欲求は組み込まれないし、初期データもランダムで恣意を持たない物に制限されている。
 民生用はさておき、連合所属のビメイダーの任務は自然人から見ると過酷だ。長い期間孤独に任務を遂行し続けるスタージャッジ、一切のミスや感情による揺らぎが許されない特殊行動、極めて凄惨な状態での救助活動、帰れる可能性の低い宇宙探査などだ。だから彼らは疑問や感情を持たず淡々と任務をこなすように設計されるから、意志を作り上げるのにかなりの時間が必要になる〉

あたしはなんだか泣きそうになってきました。宇宙が優しいのは、ビメイダーが苦労してるからなのでは‥‥。マゼランのように、友達も作っちゃいけないまま、ずっと遠くの星で‥‥。
「過酷な任務‥‥。マゼランも、ずっと独りぼっちで‥‥」

〈でも、それを淋しいと思う感情は無かったんだよ、長いこと〉
マゼランが淡く微笑みます。
〈今まで自由人じゃなかったから、深く考えないでひたすらに法律を守っていられた。それであの惑星を守れた。それはそれで良かったんだよ。‥‥君の感覚とは違うだろうし、その‥‥博士には悪いけど‥‥。君と一緒になれて良かったとは思っても、自由人になれて良かったという感覚が、僕にはまだ無いんだ〉
そうです。ずっと気になってた。マゼランが自由人になったこと自体を喜んでるところ、一度も見てないの。

〈正直言って、このままスタージャッジをやっていくことに不安を感じてる。マリスの言う通り、地球で不治の病で死んでいく人達を、僕が見殺しにしてるのは事実だよ。でもたとえば君のお父さんが病気になったら? 君が嘆き悲しんだら‥‥僕はそれをただ見てられないかもしれない。でも君のお父さんを助けて他の人を助けないのは正しいことなの? 君や"光の羽根"を助けたくて動いたことも、もし地球にもっと大きな被害が出てたら‥‥〉

マゼランの言葉は淡々としてますが、それはこの人が押し隠してきた不安。マゼランのお仕事はきっと原則を崩したらどんどん崩れちゃう。でも法律通りにちゃんとやると辛いことを見なきゃいけなくて‥‥。
「でも‥‥きっと何か選ぶしかない‥‥。やらなきゃって思うこと‥‥。パパが、病気だったら‥‥あたしががまん、しなきゃ‥‥。マゼランを揺らがせないように‥‥」

マゼランがにっこり笑ってあたしの頭に手を置きました。
〈そうだ。君はずっとそうだった。どんなに怖くても自分の思ったことを言い、やろうと決めたことをやって、それが今につながってる。だから僕も君と歩きながら、今しばらくはスタージャッジをやってく道を選ぶ。悩んで苦しんで、本部や君の意見を聞いても、僕は自分で答えを出す。だから君は、ありのままの僕を見て、聞きたいことを聞いて、思ったことをそのまま言って。僕もそうするから。こういったこと全部が、自由人として生きるってことなんだと思う〉

あたしは黙って頷きました。マゼランが凜々しく見えたのは、制服のせいだけじゃなかったんです。色んな想いを乗り越えて、色んな覚悟を決めて、自由人として、ここにいる‥‥。

誰かを好きになるだけだって幸せだけど苦しい。ましてやマゼランのお仕事は‥‥。どっちが正しいかなんてわからないことがいっぱいある。命令されてやったことならまだ言い訳できるけど、自分で選んでやったことだったら‥‥。
そしてあたしも‥‥。マゼランのそばに居るということは、その決断を見て、信じて、支えて行くってことです。怖い目に遭うことや、死んじゃうかもしれないってことは覚悟してました。でも‥‥地球全部とか宇宙とか、そういうことのためにマゼランの決めたことで、あたし自身が悲しい思いをするかもしれない。そして何より、自分の出した結論に苦しむマゼランも見てなきゃいけない‥‥。

自由って‥‥、自由人って‥‥なんて大変なの‥‥。

「あたし‥‥日本に来たの‥‥どうしてもやりたいことがあったわけじゃないの。口うるさいパパからちょっと離れて好きにしてみたいとか、ママの国で生活してみたいとか、そんなことだったの。それが自由にするってことだと思ってた。でも結局、おじいちゃんやおばあちゃんのことや、パパの仕送りもアテにしてるし‥‥。あたし、これでもちゃんとした自由人だったの? マゼラン達と比べて気楽すぎない? なんかずるくない?」

〈ん? 翻訳がうまくできなかったようだ。ヨーコは何を言いたかったのかな?〉
ライト博士がそう言います。ああ、宇宙には今のあたしみたいな状態、あんまり無いのかも。数日前に見た映画のこと思い出しました。マゼランがフォローしてくれます。
〈陽子の星には巣立ちの練習期間があるんですよ。陽子はその期間なんです。それで‥‥〉
「あたし、確かに自然人ですけど、ちゃんとした自由人じゃないと思って。親や親戚に甘えてばっかりで‥‥」

ライト博士が片方の眉を上げて笑います。
〈まあ、年齢相応の自由人になっていない自然人はたくさんいるように思うがね〉
ライプ博士が優しく微笑んで言いました。
〈でもね、ヨーコ。貴女が中途半端だったから、0079のきっかけになれたのだとわたくしは分析しています〉
「どういうことですか?」
〈大人の理解力と子供の無邪気さ。大人の実行力と子供の無謀さ。大人の愛情と子供の一途さ。過渡期が長いが故に、両方を併せ持った状態でいられるからです〉
「そういうもの‥‥なのかな‥‥」

〈ただ分析の結果から見るに、ヨーコは少々無鉄砲に過ぎると思います。これはこの人種の平均的な状況なのですか?〉
ライプ博士の質問にマゼランが笑い出しました。
〈いいえ。陽子はかなり‥‥平均から2σのあたりにいるかと〉
宇宙でも正規分布は絶対あるよね。でもって±2σで95%。ちょっと待ってよ、あたしの無鉄砲って上位2.5%!?
「いくらなんでもそんな外れてないよ!」
〈なるほど。わたくしの尊敬すべき夫のように、ですね〉
「もしもし、納得しないでくださーい!」
〈こらこら、愛しき妻よ、そのたとえは‥‥〉
〈極めて的確な表現と思います。たぶん二人とも同じくらい逸脱してますね〉
「違います!」〈違うだろう!〉
マゼランとライプ博士はうんうんとわかり合ってますが、あたしとライト博士は必死で言い訳。全くもう。あたし、ラスカル博士みたいないたずら小僧じゃ無いもん!

さんざん笑ったマゼランが言いました。
〈でもまあ結局のとこ、僕が自由人になったのは単なる偶然の産物ですね。たまたま陽子が僕の隣に引っ越してきて、エネルギーボードを間違えて食べるなんてあり得ないことをやってくれて‥‥〉

ライト博士が一転して厳かな顔になり、深い声で言いました。
〈《必然は偶然の顔をしてやってくる》〉
〈え?〉
〈生起予想論で未だ解明できない世の不思議だよ。ある主体が転換期を迎えた時、進むべき道に押しやるかのような"偶然の一致"が多発する、という現象がよく観察される。当の主体に明確な意志がない時でもこの"偶然の一致"は発生するから、当事者は戸惑うことも多い。それでも、"偶然"のさしのべたその手を掴んだ者だけが、先に進めるのだよ〉

マゼランが私の顔を見て言いました。
〈僕も、陽子がHCE10-9を食べてしまったとわかった瞬間は、本当に唖然としました。発生確率の低い事象が重なっただけで、こんな厄介な状況になるなんて‥‥。正直、ヴォイスとエネルギー局に文句が言いたくなったくらいでした〉
「ご、ごめんなさい‥‥」
あたしの頬がまた熱くなります。あの時のことはほんとに、何度思い出しても恥ずかしいです。でもマゼランが微笑んで首を振りました。
〈君は、僕が張り巡らせた色んなガードをいともたやすくクリアして、僕の中に飛び込んできた。あの遊園地で君と遊びながら、"君と一緒にいなきゃいけなくなった"状況を僕は喜んでたんだ。そうしたら、人前になんて出てきたことのないラバードは降りてくるわ、ポーチャーコンビはくるわ。そしてそれがマリスに飛び火した。全部、あのタイミングで発生したから"今"につながった〉

マゼランが片眉をあげて、いたずらっぽい顔をしました。ちょっとライト博士に似た表情でした。
〈でも、この怒濤の偶然の嵐は、僕の転換期のせいだけじゃない気がするな〉
「うん‥‥。あたしも、自分に限って絶対一目惚れは無いと思ってたのに、いきなりマゼランのこと好きになっちゃって‥‥。びっくりしたもの‥‥」
必然は偶然の顔をしてやってくる。その偶然の手を掴んだ者は進むべき方向に進める。
マゼランと一緒にいることがあたしの進むべき方向だって、運命からもそう言われてるならこんなに嬉しいことはありません。

ライプ博士が思い出すように言います。
〈オーディだって、0079がたまたまこう出来なければ、覚醒はもう少し遅れたかもしれないですからね〉
〈ええっ! 0024も自由人!?〉
マゼランが大声をあげ、ライト博士が呆れたように言いました。
〈なんだ。オーディは何も言ってないのか? あいつが自由人になったきっかけはお前だぞ〉
〈‥‥な、何も‥‥〉
〈まったくあいつは厳格すぎるんだ。お前がまだ確実に認定されてないからって白状しなかったんだな?〉
〈でも、それがあの子の‥‥オーディのいいところですわ〉
〈ふん。私の二つめの目の上のたんこぶの傑作だからな〉

「二つめの目の上のたんこぶって何?」
こっそりマゼランに日本語で聞いたら日本語で答えてくれました。
「ライプ博士の亡くなった二人目の旦那さん。ジーナス人の女性の寿命は男性の五倍だから、たいてい五回以上再婚するんだけど、亡くなった旦那さんの知識も奥さんの脳に蓄積されてて、新しい旦那さんはそれが使えるんだ」
‥‥はい。もうこの方達については、驚くのはやめます。そういうもんだと思うしかありません。

〈オーディの851銀河104系第3惑星における任務は長期で過酷なものでした。すでに"人"がどの種か確定していたのだから、早く次のスタージャッジを送り込んで、彼を戻したかったのですが、当時の当局は大変に多忙で、なかなかそれができなかったのです。その上オーディは非常に真面目で、休暇を取らせてもすぐ仕事に戻ってしまうので、体調的にも精神的にもかなり追い詰められていました。
 それでようやく貴方が出来上がったのですが、その‥‥オーディの集めてきたあの惑星の"人"のデータに合わせて作っていったら‥‥ビメイダーとしては少々感情豊かに仕上がってしまって‥‥。この子をスタージャッジにして大丈夫か、わたくしも悩んだのですが‥‥でもこの姿だし‥‥〉

マゼランが苦笑しながらポリポリと頭をかいてます。
〈それ、僕、失敗作だったってことですか?〉
〈いえ‥‥。まあ、ある意味成功しすぎた‥‥というか‥‥〉
ドラマだったら、今明かされるマゼランの秘密、とか言いたい重要なとこなんですが、見てるとなんか笑っちゃいます。ライプ博士って、地球で言ったら昔のヨーロッパの貴婦人と日本の千手観音が混ざったようなイメージなんですよ。まあ手は六本ですけどね。その美しい顔と姿でこんなこと言われても、確かに困る(笑)。

〈でも貴方に仕事を引き継ぐ過程がオーディの救いになるかもしれないと思い直したのです。それで貴方にはほとんど白紙のまま地球に行ってもらいました。貴方は無邪気にオーディに懐き、オーディは貴方をたいそう可愛がった。それがオーディの覚醒のきっかけになりました。だからオーディにとって貴方は特別な存在で、今回の件を話したとたん、出発してしまったのです〉
マゼランのことを知らなきゃいけないって言ったオーディさんのことを思い出しました。あの人がどれだけマゼランを大事に考えてるか、心の中にぎゅっと伝わってきました。それはこんなことがあったからだったんですね。

〈‥‥そうだったんですか。それであんなに早く到着したんですね。‥‥僕は何も知らなかった。帰ったら感謝してるってちゃんと言わなきゃ。なによりまずこの名前のことを‥‥。〉
〈おお、そういえば、お前はスタージャッジとしては珍しく、自由人認定でためらいもなしに自分の名前を決めたな。その名前、0024が関係していたのか?〉
ライト博士がそう言って、あたしは引っかかってたことの答えをまた見つけました。マゼラン達、生まれた時は番号だけなんです。0079って‥‥。で、自由人になった時に、名前がつくんだ‥‥。

マゼランが少し恥ずかしそうな笑みを浮かべました。
〈852A銀河の、担当惑星での呼び名なんですよ。852Aは852とダスト・ブリッジでつながっているんです。見ていると、なんでも0024に教えてもらっていた最初の頃の自分を思い出して懐かしい感じがして‥‥。ずいぶん前にそんな話をオーディにしたら、彼がそう名乗ったらどうだと言ったんです。変なこと言うなぁと、その時は思ったんですけどね〉
〈オーディは貴方にその名前が必要になる時が来ると、わかっていたんでしょう〉
ライプ博士がそう言います。マゼランが頷き、あたしの顔を見ました。
〈陽子にこの名で呼ばれるたびに、陽子に慈しまれ陽子を慈しむ"マゼラン"でありたいと、僕はそう思いました。もちろん陽子が僕を0079と呼んでも結果は同じだったとは思うし、呼び方の問題ではないのですが〉
「そうね。だってオーディさんはマゼランのこと0079って呼ぶけど、マゼランのことすごく大事に思ってるよ」
あたしがそう言うとマゼランが微笑んで深く頷きました。
〈うん。今なら、よくわかる〉

マゼランが博士達を見上げました。
〈オーディはずっと臨時担当員をやってるんですか?〉
〈彼の今の所属は正式にはビメイダー局で、ベースシステムを作る仕事がメインなんですが、保護省から頻繁に呼び出されるのです。臨時担当員は難しくて彼のような自由人のビメイダーでないとなかなか頼めないですから〉
〈そうなんですか?〉

〈全く知らない場所に放り込まれた時、通常のビメイダーだと指示が必要になるのですよ。そのうえ与えられた情報をすべて同じ重みで受け止めてしまう。でも自由人であるオーディは、"自分はこの状況でどう動くべきか"という戦略をすでに持ってますから、"それに必要になるものは何か"という目線で、自分から"恣意的に"情報を取りに行く。あちらのスタージャッジはただ彼の質問に答えればいい。
 保護省は何の指示を与える必要も無いし、問題があれば必ず聞いてくるという信頼もあって、状況を完全に彼に任せておけるのです。これは覚醒していないビメイダーにはできないことです。そして彼に後を頼む側のスタージャッジもオーディに全てを委ねられるので、安心してオーバーホールができる。
 ビメイダー局としてはオーディにもっとこちらの仕事をやらせたいのですが、保護省が彼を離してくれないし、オーディ自身もスタージャッジとして苦労した経験があるから、疲弊したスタージャッジ達をほっておけなくて、こういうことになっています〉

ルチルさんが、自由人になったビメイダーは財産だと言った時のことを思い出しました。ライプ博士の言ったこと、全部はわかりませんが、オーディさんが多くの人、多くの場面から頼りにされてることはわかりました。それは自由人として考えたり、気づいたりできることがポイントだってことみたいです。
〈僕も‥‥そうなれるかな‥‥〉
マゼランが小さくそう言って、あたしはびっくりしてマゼランの顔を見ました。
〈あ‥‥いや、お互いに認識できてる人の役に立てる仕事って、いいなと思って‥‥。もちろんスタージャッジもその惑星のためになってると思ってるけど、僕らは担当惑星の人とは話せないから‥‥。僕らの存在自体が、僕らの任務に違反してるからね〉

ライプライト博士が二人とも少し姿勢を正して、マゼランを見つめて微笑みます。今まで黙って奥さんの話を聞いていたライト博士が、また深い声で言いました。
〈もちろん、そうなるだろう。納得できるまで今の惑星のスタージャッジを続けながら、自分がどうしたいか考えるがいい。お前にはまだまだたくさんの時間があるのだから〉
〈はい〉
あたしのこととは無関係に、マゼランの未来を感じることができました。大変なこともたくさんあるけど、それでいい。この人はきっと自分の足で自分の想いのまま生きていける。実際は怖いことや悲しいこともたくさんあるかもしれなくて、だから幸せとか満足、というのとはちょっと違う気もするのだけど、それでいい。マゼランと一緒に居たい一心でここまで来たけど、この場に居られて、博士達の話が聞けて本当に良かったです。


ライト博士が、ぽん、と手をたたきました。
〈さて、これであとはヨーコの身体を乗せ換えれば全て終了だな〉
「え‥‥?」
〈いやだな。今度はなんのたとえですか、博士?〉

〈たとえや冗談ではないよ、マゼラン。ヨーコはビメイダーの伴侶になるのだ。生体のままでは成り立たん〉
〈ボディはもう作ってありますよ。体重はかなり重くなりますが、外見はまったく変わりません〉
ライプ博士が何かを操作すると、壁の一部がすっと開いて、地球人が一人ようやくはいれるくらいのカプセルが二つ出てきました。上の部分に透明なところがあって、右手のカプセルからマネキンのような人形の姿が‥‥。その顔を見てあたしはびくんとして、立ち上がりました。目を閉じてますが、これ‥‥あたしとそっくりです。

〈戦闘能力はありませんが修復機能はきちんと持っていますよ。ビメイダーの一般パーツだけで構築されてますから、汎用ドックで充分ですね〉
ライプ博士の声がどこか遠くから聞こえてきます。‥‥このマネキンが‥‥あたし‥‥。あたし‥‥この身体になるの‥‥? 治療していたマゼランのことを思い出しました。水槽の中で、小さな機械で、怪我を治してた‥‥、あの身体と同じように‥‥。

2013/04/25

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