スタージャッジ 第4話
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マゼランと一緒に部屋に入ると、とたんに身体がふわっとした感じになりました。ほとんど無重力状態になってます。奥の方に大きな人が一人座っていました。挨拶しようと一歩進み出たら、とん、とあたしの前に人が飛び降りてきました。
〈私がライト・ライプライトじゃよ〉
黒い服を着た、あたしより頭一つ小さい人‥‥。白髪のおじいさん、に見えます。
「は、初めまして。ヨーコと、呼んでください」
〈うーん、想像通りじゃ! 可愛いのう!〉
そのおじいさんはいきなりあたしの両腕を掴み、ぽんとテーブルの上に飛び上がりました。テーブルの向こう側は三m近い女の人。ギリシャ彫刻みたいに白くてきれいで優しい顔をしていて銀髪がきれいに結い上がっています。手は六本で、腕の途中に二カ所関節があるのかな? プリマドンナみたいにとても柔らかくて優雅な形を成しています。そして童話のお姫様みたいに大きく膨らんだスカート。椅子はスカートの中に埋もれちゃってるみたい。しかしテーブルの上から挨拶なんて、どう考えても失礼ですが、こうなったら仕方ない。
「あの‥‥。ライプ・ライプライト博士で、いらっしゃいますか?」
〈はい、そうですよ、ヨーコ。今回はわざわざこちらまで来てくれてありがとう〉
うわー! 奥さんの方はなんて優しそうな博士なの! 素敵! 良かったぁ!

〈うーむ、これかね、キミが着こなしたという新しいアイデアは〉
見たら博士が袖のリボンを引っ張ってて‥‥。
「きゃーっっ ほどいちゃ、ダメですっっ」
慌てて後ろに下がったら、うっかりテーブルの縁を蹴ってしまって、身体が後ろに流れてしまいました。

〈いたたたた‥‥!〉
あたしの身体をマゼランが支えて着地させてくれると同時に、博士が悲鳴を上げました。見たら奥さんが博士の耳を引っ張っています。
〈尊敬すべき貴方。どれだけ興味があろうが、女の子の服のリボンをいきなりほどくなんて失礼です〉
〈愛しい妻よ。だって四本人の服を着ようとした二本人なんて聞いたことがない。どうなってるのか見たい。どうしてそんなこと思いついたのか、聞きたい!〉
〈普通に伺えばいい話でしょう? とにかくもう、戻ってくださいな〉
〈イヤじゃ。私はわくわくしとるんじゃ〉

そういうとおじいさんは奥さんの手をひょいとすり抜け、テーブルを蹴って天井まで逃げてしまいました。ライプ博士がはあっとため息をついて言いました。
「0079、いえ、マゼラン。貴方達が来る少し前から興奮してこんな調子なの。そろそろ限界だし、お願いしていいかしら?」
マゼランが笑いをこらえた声で「はい」と返事をすると、とんと飛び上がり、逃げ回ろうとするライト博士を捕まえます。
〈ドクター・"ラスカル"ライト。ちゃんとお戻りください。疲れますよ〉
〈疲れとらん〉
〈だってもう、息が乱れてるじゃないですか〉
〈平気じゃ!〉
〈だめですってば!〉

袖を急いで結び直したあたしは、ぽかんとして小さな博士VSライプ博士&マゼランの攻防を見てるだけ。マゼランはあっさりと博士を捕まえて降りてくると、博士を奥さんの手の中に返しました。
ライプ博士は下側の4本の手でライト博士の身体を受け取ると左側の下の2本で、小さな体をスカートの中に包むように座らせます。どう見ても腹話術の人形なんですけど‥‥(汗)。ただおじいさん博士がちょっとぐったりした感じで目をつぶっているので、とても心配になってきました。
「マゼラン、博士、具合悪いの? 大丈夫?」

〈大丈夫だよ、お嬢さん〉
いきなり目を開いたライト博士があたしを見据えてそう言います。さっきまでの悪戯好きのおじいちゃんとはぜんぜん別人。どっちかっていうとロマンスグレーの紳士って感じ。どうなってるの?
「あ、あの‥‥博士‥‥。この服、あたしにはちょっと大きくて、袖をここで結んでないと脱げちゃって‥‥それで‥‥その‥‥」
〈いやいや、言い訳など無用だ。失礼をしたのは私のほうだから。レディに対して大変に申し訳ない〉

もしかして二重人格? そういえばマゼランが言ってた"ラスカル"って名前、さっきルチルさんも言ってたような‥‥。
〈私の頼み通り、皆、君に、私達の話をしていなかったようだね〉
「はい、ご夫婦の博士とだけ聞いてました。‥‥どういう方かなとは思ったんですが‥‥」
〈聞いてみようとは思わなかったのかな?〉
「いえ、その‥‥。どうせ予想できないことばっかり起こるので‥‥、危なくないってわかってることは起こってから考えようと‥‥」

ライト博士が手を打ち鳴らし、わっはっはっと笑いました。
〈うむ。君は実に興味深いし、叡智も十分に持っているようだ。では説明しよう。我々の種族は、男はある年齢になると伴侶に寄生しなければ生きていけなくなる。今のこの状態が寄生している姿だ〉
驚いて大声をあげそうになりましたが、なんとか抑えて、はい、とだけお返事しました。
〈私の身体には最小限の循環器系と少しの脳しかなく、妻から離れると長くは生きられない。私は妻から栄養の供給を受けるだけでなく、妻の体内にある巨大な脳髄を二人で使っているのだ〉
いやそれ、あっさり同意できません。こんな進化っていったい‥‥。でも、目の前に居るんだからありなんだよね‥‥。

〈で、私の脳だけだと、いささか原始的というか‥‥。長期記憶と理性が無くなるために、直感的に暴走するというか‥‥〉
「お酒を飲みすぎた時みたいな‥‥気分‥‥?〉
〈おお! うまいたとえだ。そうそう、離れてしまうといきなり酔っ払う。わかりやすいだろう?〉
「‥‥あ‥‥ま、まあ‥‥‥。で、つまり、離れた博士が、"ラスカル"博士なんですね?」
〈その通り。ただこれの飛躍した発想が研究では非常に重要でな。離れた私が最後のアイデアを出してまとまることがよくあるのだ〉

夢ですごい研究を思いつくとかそういうのかな‥‥。酔っ払ってても同じなの? まあそんなことより。
「あの‥‥もう一つ聞いてもいいですか?」
〈もちろん〉
「そばに誰もいない時に、さっきみたいにラスカル博士がはしゃいでライプ博士の手の届かないところに行ってしまって、具合悪くなって帰れなくなったりしないんですか?」

〈男達も普通そこまでバカはしないし、いざとなれば連れ戻す他の手段もあるのよ。ただ少々エネルギーを消費するので、あまり使いたくない手なの〉
奥さんのライプ博士がそう言って、あたしはほおっと息をつきました。
「ああ、良かったです。マゼランのパパがあんなに心配な方だと‥‥、どっかで酔っ払って行き倒れてるんじゃないかって、地球に帰っても気になっちゃいそうで‥‥」

〈‥‥0079‥‥。こら、マゼラン! そんなに笑うとは失礼だろうが!〉
ライト博士が拗ねたようにそう言って、見たらマゼランが背中向けて壁に張り付いてて、声は聞こえないですがマントがゆらゆらしてて‥‥。
「マゼラン? どうしたの? あたし何かヘンなこと言った?」
〈‥‥だって‥‥。行き倒れ‥‥。ジーナスの博士が‥‥酔っ払って‥‥行き倒れって‥‥〉
あらら。なんか、笑いのツボにはまってしまったみたいですね。

〈まったく‥‥。お前が驚くほど急速な覚醒を迎えたことがよくわかったよ。私をネタに、言葉が繋がらなくなるほど笑うビメイダーなど、信じられん〉
〈す、済みません‥‥博士‥‥。でも‥‥〉
マゼランが少し赤い頬で向き直りましたが、まだくすくす笑ってます。マゼランってジョークに免疫がないというか、けっこう笑う方だと思うんだけど、ここまで笑い転げたのは初めて見ました。ああ、なんだか幸せ。マゼラン、楽しいんだ‥‥。

〈マゼラン。笑い事ではありません。ヨーコの言う通り、ライトはジーナス史上初の行き倒れになるかもしれません〉
ライプ博士がそう言い、マゼランが驚いて咳き込みました。ライト博士は情けなさそうに言います。
〈愛しい妻よ、それはないだろう?〉
〈いいえ、尊敬すべき貴方。前の二人の夫と比べて、貴方のやんちゃは度を越しています〉
奥さんにそう言われて、ライト博士はそんなことはないとかぶつぶつ言ってます。それを見てあたしとマゼランはまた笑ってしまいました。

〈とにかく、まずは今日の主題を済ませましょう。マゼラン、こちらにいらっしゃい〉
マゼランがライプ博士のそばに行くと、ライプ博士がマゼランの額に何か装置を押し当てました。
〈少しだけ痛みます〉
マゼランが小さく頷くと、パチッというかすかな音がしました。博士が機械を離すと、マゼランが額に手をあてて俯きました。慌てて脇に行ってマゼランの顔を見上げました。
「大丈夫?」
〈ああ。なんともない〉
顔をあげたマゼランはそう言いましたが、まだ少し気になるようで額のあたりを撫でてました。

ライト博士とライプ博士が姿勢を正してマゼランを見つめました。マゼランもぴしっと身を起こします。ライト博士が厳かな声で言いました。
〈ビメイダー局製造番号BAU01035SJ0079。未接触惑星保護省管理IDスタージャッジ0079〉
〈はい〉
〈本日をもって君はすべての所有を解かれた。ビメイダー局生まれの自由人マゼランとして、宇宙連合市民としての全ての権利が保証される。君の今までの実績に保護省は満足と感謝を示しており、ビメイダー局も君の生みの親である私達も君を誇りに思う。ありがとう〉
〈光栄です〉

ライプ博士がブレスレットをさし出しました。あたしがもらったのと似ています。
〈今、貴方の額から未接触惑星保護省の登録標識を消滅させました。修復プログラムからも除去しているので、再生や修復で標識が復活することはありません。今後認証が必要な場合はこちらを使ってください〉
〈ありがとうございます〉
マゼランがそう言ってブレスレットを受け取り、ライプ博士が続けました。
〈貴方に対してはストリギーダ星から名誉市民権が送られていて、そのIDリングにはそれも追加されています〉
〈え?〉
〈あの美しさが故に、他星人による誘拐事件があとを絶たない星ですからね。貴方は今やあの星では有名人ですよ。一度休暇を取って行ってらっしゃい〉
マゼランが時々見せる照れたような笑みを浮かべました。
〈それは‥‥驚きました。‥‥嬉しいです〉


マゼランがブレスレットをはめるとあたし達はライプ博士に勧められるまま、博士達の向かいの長椅子に座りました。
〈お前の今回の変化は‥‥かなり劇的だった。我々の予想を遙かに超える事象が発生していたよ〉
ライト博士の言葉にマゼランが頷きました。
〈HCE10-9が無くなった時のことですね。ずっとそれが聞きたかった。まずなぜ僕はリプレースモードになれたんでしょう。かなりきわどい状態だったとはいえ明確な意識はあったのに〉

〈リプレースモードを司るリプレース・モジュールは、MCジェネレーターとその燃料になるフェムタイトと共にセル化されている。セルはロックされていて、主体の"死"を確認した時に初めて作動する。生死の判断は電子頭脳の中で主体の保全を行うモジュールからの信号の有無が使われていた。だがお前の保全モジュールは完全に焼き切れていたのだ〉
〈変ですね。頭部に障害を発生させるような攻撃は受けてないと思うけど‥‥。なんで壊れたんだろ。出撃前にオールチェックはしていったんですよ?〉

〈保全モジュールの破損があったことは一昨日のオーバーホールで初めてわかった。周囲のパーツは無傷だったから外的要因によるものとは考えにくい。マリスの磔から抜け出そうとした時、お前にはもちろんヨーコにもHCE10-9は残っていなかった。それを知ったお前は、自ら保全モジュールに過大な負担をかけて破壊し、リプレース・モジュールを稼働させた。これがその後の経緯に最も合致する〉

胸が苦しくなってきました。あたしを助けに来てくれたマゼランが槍で刺されて‥‥。痛みと寒さと息苦しさで朦朧となってきてて、細かい記憶が無いんです。でもマゼランが抜け出せたから、あたしにエネルギーが残ってたんだと思ってました。それが‥‥‥。

〈そんなこと、やったつもりは‥‥〉
〈意識してできるようなことかね。お前のバックアップにはヨーコの死の予測に対する激しい恐怖と凄まじいまでの力への執着が、想定を遥かに超えた感情信号として記録されていた。その過大な信号が保全モジュールをショートさせ、リプレース・モジュールに対して頭脳からの命令が送出できるようにしてしまったのだ〉

〈で、でも、ずっと活動できた理由は? ヴォイスはリプレース・バッテリーにそんな容量は無いって‥‥〉
〈その通り。驚嘆すべきはここからだ。MCジェネレーターは命ぜられるまま高出力を続け、あっという間にフェムタイトを使い切った。そして、今度は周囲のパーツを燃料にし始めたのだ〉
〈‥‥なんですって‥‥?〉

〈知っての通りビメイダーの頭脳は状況に応じてシナプスを形成しイレギュラーに対応する回路を構成する。リプレース・モジュールのセルが崩壊してエネルギーが身体に流出した頃には、お前の頭脳もまたその形でのエネルギー供給に対応した。頭脳は過激な出力を求め続け、ジェネレーターはお前自身の身体を食いつぶしながらそれに応じた。偶然か恣意的か、たまたま燃料となったのは戦闘には不要な有機物分解機構で、お前はよどみなく戦闘し続けることができた〉
〈‥‥そんな‥‥ばかな‥‥〉

〈確かにMCジェネレーターつまり質量エネルギー変換システムは未だリスク含みの機構だ。ただコンパクトでごく少量の燃料で安定して長い出力が保てるからリプレースモードでの信号送信に使っていた。ただ稼働時には"ボディが死んでいる"ことが前提だったが故に、構成に脆弱さがあったのかもしれん。今ビメイダー局ではリプレース・モジュールの全面的な見直しが行われている。まずはオーバーホールに戻ってくる連中からだな。こんなことをやらかすスタージャッジもそうはいないと思うが、早く対応しておかないと危険でかなわん〉

〈‥‥すみません〉
〈いやお前が謝ることじゃないが本当に驚いた。ヨーコの救出を確信するにつれて、暴走は徐々に収まっていったようだが、最終的にはお前のボディの"胃"にあたる部分の全てと脚部へ循環系の半分近くが完全に消滅していた。目覚めたお前はあまり自覚をしてなかったようだがね。まさに驚異であり奇跡だよ。お前は文字通り自分の身を削って、ヨーコを助け、マリスを確保したのだ〉

‥‥そんな‥‥。
あの時のマゼラン、そんなことに‥‥。
血まみれで眠るように微笑んで、動かなかったマゼラン‥‥。

「陽子?」
マゼランがあたしの顔を覗き込んできて、あたしは慌てて涙を拭きました。
「‥‥ごめん‥‥。あの時のこと、思い出すと‥‥まだ‥‥だめなの‥‥」
ライト博士が手を上げて軽く頭を下げました。
〈これは申し訳ない。これぞビメイダーの精神力の顕現と思ったら、つい興奮してしまった〉
「いえ‥‥」

〈ヨーコのその想いの深さがこの子を覚醒させた。貴女と会えたからマゼランは自由人になった。我々は貴女にもとても感謝していますよ〉
ライプ博士がそう言って微笑んで、ライト博士も頷いてます。でも‥‥そうなのかなぁ‥‥。
「‥‥あの‥‥マゼランがあたしと会ったから変わったなんて、思えないんです。だってマゼラン、会った時からとっても優しくて、ずっと前からこういう人だったと思うんです。なんで最初っから自由人じゃだめだったんですか?」

〈‥‥僕は"前からこういう人"じゃ、なかったんだよ〉
マゼランが静かにそう言って、あたしは驚いてマゼランを見ました。
〈マリスにさらわれた君を探しながら出動の準備をしてた時、もう一人の僕にメッセージを残そうとして、それに気づいたんだ〉
「もう一人の僕って?」
〈色々あって、僕が生きてゲイザーに帰れる確率は低めだった。僕は半年ほど前にバックアップを取ってたから、もし死んだらその時の記憶を持った僕が製造されるはずだったんだ。バックアップって活動レベルをかなり落さないと取れないから、君を探しながら取り直すのが無理で‥‥。あの時は君と会った後にバックアップ取らないでいたことをすごく後悔した〉

「なんで取ってなかったの? ああ、あたしを見張ってなきゃいけなかったからね?」
〈いや別に見張る必要なかっただろ? そういうことじゃなくて‥‥嫌だったんだよ、僕の身体に残ってる君の感触と記憶情報がばらばらになるのが‥‥。それにバックアップとリストアって自然人とかけ離れたことだし‥‥。とにかくなんだか嫌だったんだ。うまく説明できないけど‥‥〉

〈そういうのを"意地"というんだよ、マゼラン。理屈は通らないのに、自分の感覚や感情に固執する状態だ〉
ライト博士がフォローを入れてくれます。
〈‥‥はあ‥‥。でも、これ、あんまりいいものではないのでは‥‥?〉
〈良い結果を生むこともあれば悪い結果を生むこともある。で、お前のその意地は悪い結果を生み、後悔して反省したお前は、この間はすぐにバックアップを送ってきたというわけだ。まったくこのゲンキンな不良息子は!〉
ライト博士が片眉をあげると、マゼランに1本指を向けてぐるぐる回しました。

〈‥‥す、済みません。でも、僕がビメイダーだと陽子にきちんと話して、受け入れてくれたからってのもあるんですよ? そうでなきゃ、そうあっさり‥‥。‥‥いや、やっぱりバックアップはあったほうがいいです、よね‥‥〉
マゼランったらカメみたいに首をすくめて言い訳してるので、あたしとライプライト博士はみんなで大笑いしちゃったのでした。


2013/04/25

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