スタージャッジ 第1話
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揺すぶられたり投げられたり転がり落ちたり。
"繭"は遊園地の乗り物みたいな扱いを受けてた様だが、中の僕は楽しみからはほど遠い所にいた。抜け出そうと必死であがいてるけど気ばかり焦って進まない。横倒しになってから既にずいぶんの時間が経ってしまった。

パワーサプライをたぐり寄せようとして、電磁ネットのあちこちをぶち切ってしまったため、駆け回る電流で小さな独房の中はひどいことになっている。有機物の分解をする時しか酸素は必要じゃないから窒息の心配はないが、こんな状況が長く続いたら電子頭脳が熱暴走してしまう。僕にとって呼吸は高出力なボディの排熱のために必要なんだ。
やっとの思いでパワーサプライを破壊し、サポートシステムを駆動する。いつもの出力が無いのはエネルギー残量が少ないからで仕方が無い。次はクレイ崩しだ。いい方法があるわけもなく、まずは殴りつけるという極めて物理的なやり方で。

暗闇の中には陽子の映像がリフレインしてる。楽しそうな笑顔、笑い転げる声、光を弾く髪、心の内を正直に映し出す大きな瞳‥‥。

ラバードは陽子達をちゃんと解放したのか。あいつは僕と同じく創造主を"殺せない"ビメイダーだし、地球人はラバードを造ったスブール星人とよく似てる。僕の第六感(マイニング)回路も大丈夫だって結論を出してる。だけど‥‥

メアロタンギを眠らせた時、陽子とジョーダン氏は僕を手伝う形になった。なのに陽子を一人にしてしまった僕の失態だ。まさかラバードが人質を取るようなマネをすると思わなかった。ラバードは未接触惑星保護法には違反してるが、犯罪者じゃない。日本風に言えば「刑法犯じゃない」と言えばいいか。

何よりラバードはビメイダーだ。ビメイダーに人質がムダってことも、あいつには分かってるはずなんだ。スタージャッジの任務には「個人の命の保全」は入ってない。ただ、今回はたまたま陽子がHCE10-9を持ってて、僕はどうしてもあの子を守らなきゃならなくて‥‥。HCE10-9を確保するためには陽子を‥‥

HCE10-9を確保するため‥‥?

渾身の力を込めて肘をクレイにぶち込むと、やっとめり込む手応えが戻ってきた。同じ場所に打撃を加えれば、ぼこり、と穴が開き、淡い光が入ってくる。壊れた部分から厚い粘土の殻を少しずつ崩していった。ネットが身体に巻き付いてるおかげで自由が効かず、まだるっこしい。

違う。
エネルギーなんて関係なしに、僕は陽子を傷つけたくなかった。
でも、なぜ‥‥?

スタージャッジはその星の生命と必要以上に関わり合ってはいけない。僕らの存在そのものが、僕らの任務に反してる。

だから初めてだ。僕にとって初めてだった。
こんなに長いこと、他の誰かと一緒に過ごしたことは。

この一日が、僕の何を変えたんだ‥‥‥‥。

粘土がだいぶ壊れて片腕が自由になってからは早かった。ひな鳥よろしく殻から転がり出る。身体に巻き付いてるネットの残骸をむしり取り、しばし飢えたように息をついた。
僕が居たのは不思議な丸い部屋だった。袋のように床から壁まで一体に繋がってて妙に柔らかい。壁を拳で押してみる。ぐんと突いたら肘まで埋まってしまった。引き抜くのは簡単だけど、いまいち気色が悪い。でもグランゲイザーとのチャネルに問題は無い。僕のいるのは太平洋上。海上四キロメートルぐらいの場所らしい。

と、天井から声が響いてきた。
〈お目覚めかい?〉
「ラバード!?」
〈ずいぶん手間取ったじゃないか。中で壊れちまったかと心配したよ〉
「あの二人をどうした!?」
さもおかしそうな笑い声がした。
〈ちょっとここでゲームをやってもらってるよ〉
「なんだと! あの人達は解放するって言っただろうがっ」
〈まずは取引が先だろう? さっさと上がってくるんだね〉

声と同時に天井の一部にぽこりと穴があいた。飛び上がってみる。案の定天井も柔らかく、多少握力があれば貼り付ける。まるでヤモリだ。ここから上がって来いって意味なのか?
「う、わ‥‥っ」
手足がいきなり何かにつかまれた。天井が変形してるんだ! そのまま首がもげそうな勢いで上に引き上げられた。がくんと止まった所は、非対称が基調のちょっと酔いそうな部屋の中。腕も脚部も元天井だった物体にくるまれて動かせない。

奥に座っていたラバードがつかつかと歩み寄ってくる。髪はまた新しい形に結い上がり、あちこちにキラキラしたものが編み込まれていた。彼女は僕の顔を覗き込むように身をかがめると、僕の頭にぽんと手を置いた。
「思うままになってくれると、坊やも存外可愛いな」
「ふざけるなっ! 二人をどうしたっ」
怒鳴ってその手を払う。といっても僕にできたのは頭をめちゃくちゃに振っただけだ。ラバードがせせら笑う。
「滑稽だな。そんなに感情的な様子を晒すなど、ビメイダーらしくもない」

‥‥その通りだ。ビメイダーは任務を遂行するために常に最善の手を選び、行動するように作られてる。決して感情にとらわれること無くだ。いろいろな立場の異星人が絡み合う中で、長期に渡って星の自然な進化を保つスタージャッジの任務をビメイダーが担っているのはその特性のためもある。
「そのうえ変身もできないと来た。エネルギー不足なんだろう? 品薄だって話は聞いてるよ」
そんな情報交換のルートもあるのか。スタージャッジをジャマに思ってる奴等は多いから。確かに今の僕は緊急形態になれないどこじゃない。繭からの脱出にかなりパワーを食った。あと数時間もしたらきっと動くことさえできなくなるだろう。

僕が黙っていたので、ラバードは面白くなさそうに奥の椅子に戻った。何か手元で操作すると横の壁の一部分が明るくなり、九分割の画面にいろんな映像が表示される。そのうちの一つが全体に広がった。
表示されたのは入り組んだ通路の集合体。ざらついた画面の感じから考えて、たぶん天井が半透視材で出来てるんだろう。こちらから相手の様子は見えるけど相手からはただの壁にしか見えないという至って行儀の悪い素材だ。モニターがごちゃごちゃした通路をざっとなめ、角にある小さな部屋になっている部分がアップになった。
「陽子!?」

小部屋の中の陽子はスブール風の不思議な形のソファによじ登り、手を伸ばして天井を真剣に見回している。目元は泣きはらして赤く、白い袖から伸びる包帯で巻かれた細腕が痛々しい。そのうち部屋にジョーダン氏が入ってきて、二人で何か話し始めた。確かにそう緊迫感は感じられないのだが、この親子、その点だけは信用できない。

「ラバード、貴様‥‥」
「おっと、勘違いするなよ。わたしだって置いてくるつもりだったんだ」
「なに?」
「小さい方が固まったお前にしがみついてうるさくてな。引っぺがしてお前だけコンテナに放り込んだんだが、勝手に入って来たんだ。大きい方もだぞ。別にムリヤリ連れてきたんじゃないからな」
「陽子が‥‥」

あぶなっかしくて、明るくて、子供みたいな陽子。
なのにメアロタンギの時も逃げずに手伝ってくれた。ラバードに捕まった時さえ僕の命乞いをして‥‥。陽子のしぐさや言葉や表情や‥‥それらの記憶が不思議な温かさと一緒に浮かんでくる。

‥‥‥‥僕はたぶん、きっと、ずっと、とても、嬉しかったんだ‥‥。

ラバードは妙に寛容な笑みを浮かべて僕を見ていた。
「スタージャッジのくせに星の人間を手なずけたりして、この不心得者が」
「‥‥不心得か‥‥。そうかもな‥‥」
「まあいい。非力な地球人の仲間なぞ何人増えても同じだ。お前が規則だらけのダイヤモンド頭じゃないと分かって好都合だ。じつはな‥‥」

「その前に、ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「陽子達のいる場所、迷路みたいに見えるんだが‥‥」
「そうだ。せっかくだから知能検査に協力してもらおうと思ってな」
「知能検査だぁ? もうちょっとマシな方法、思いつかないのか!」
「翻訳機も出て無い未開惑星なんだぞ! 迷路が一番手っ取り早いだろうが! ほら、対角の出口にはちゃんと食べ物も用意してある!」

「‥‥わかった。続きを話せ。じつは、なんだ」
「わたしが地球を観光地として開発しようとしてることは知ってるな」
「ああ。スブール星の住人はみんなして紫外線に弱いくせに、ご苦労なこった」
「市場はわたしの同胞だけじゃない。それに海底やドームを使えばスブール人だって楽しめる」

スクリーンの映像は切り替わり、分割された画面に地球の色々な風景が映し出された。きれいなビーチや高原、一方で大量の車やゴミの山‥‥。
「わたしが初めて訪れた頃はこの星にも素晴らしい場所がたくさんあったのに、どんどん地球人どもが破壊してしまった。残っている自然もこのままではいつか潰されてしまう‥‥」

ラバードの声音は真剣だ。気持ちの上ではわかる。それでも今の地球と似た道を通って、その後良い環境を取り戻した星もあるのだから。
知能の発達した生命は安楽さを求める傾向があり、一個体あたりのエネルギー消費が高くなっていく。その種が星の中で大きな勢力を持っており、かつ科学水準が低くて生じた負担を環境に向けざるを得ない場合、今の地球のような状況に陥り易い。要は精神と科学水準の進化のタイミングの問題だ。
もちろん最悪の状態から脱却出来ず、文明が滅びてしまうこともある。それでもそれがその星の住人が選んだ道であるなら、他からそれを変動させることがあってはならない。

「お前さえ邪魔しなければ、多くの景勝地がわたしの支配下で美しく保てていたはずなのに‥‥」
「その星の在り方も生き方も、星の住人が決めなきゃだめなんだって、何度言ったらわかるんだ」
「もし星の人間が宇宙に飛び出し、自らの意志で他の星の人間と交流を始めれば、地球はスタージャッジの管轄から離れ、お前の任務は終わるんだったな」
「ああ」
「だからお前を捕まえたんだ」
「は?」
「地球の代表者にわたしを紹介しろ。交流してやる。あと本部に報告書を書け。『地球は宇宙の住人になりました』って」

「‥‥あんた、本当にちゃんとした交流をする気が、あるのか?」
「もちろんだとも」
スクリーンに地球全体が表示され、ラバードが指示棒で示しながら説明する。
「まず地球人は全員どっかの大陸に集める。一応この一番広いトコを考えてるが、やたら密集するのが好きな生物だからこっちの狭いほうでもいいかもな。で、残りは環境に応じて、適宜アミューズメント・パークやリゾート・パークに‥‥」
「それがいかんって言うんだ!!」
「なぜだ! いいか。わたしがなぜこんな企画をたてたと思う!? 地球人の娯楽施設を作る能力に敬意を表してだ。遊園地なんぞ作る前にやることがあるような気もするが、こと娯楽に対する地球人達の能力は確かに優れている。だからわたしのパークができたら大量に雇ってやる。雇用の創出だ! 出来のいい奴はプランナーとして破格の給与を保証しよう!」
「だから、そーゆー問題じゃないっつってるだろうが!」

「もうこのダイヤモンド頭! いい加減に説得されろ! わたしがどれだけ苦労してアミューズメント・プランツを開発したと思ってるんだ!」
「アミューズメント・プランツ‥‥? もしかして、フラーメ達が育ててた‥‥?」
「そうだ、見ろこの叡智の結晶を!」
今朝見たばかりの黒々とした芽がスクリーンに映った。それがどんどん成長していく。微速度カメラみたいなもんだろう。それで‥‥。

「‥‥う、うそだろ!?」
芽は大きな木に成長した。きれいに放射状に枝が伸び、それぞれの枝には巨大な実がついている。そのうち幹を中心に枝が回りだした。
「実には乗れるんだ。今日見たあの乗り物を真似て、縦回転するようにしても面白そうだな」
「なんなんだ、これ」
「カミオ星のハウス・プランツを改変したんだ。観光をウリにしているリーライ人の力も借りたんだぞ。ここまでするのは本当に苦労した。でも蒔いて水をやるだけで遊具になる。建築の手間がない上に環境にも優しい。すばらしいだろう? ほらほら、他にはこーゆーのもある」

スクリーンにはいくつかの妙な植物が映しだされた。睡蓮のような花が水上をぐるぐる回りながら移動してる。これは花に乗れるようになってるらしい。マングローブのように入り組んだ植物の根をコブがすごい勢いで移動するものもある。うーん、よく出来てる。楽しそうだ。陽子が見たら喜ぶだろうなぁ‥‥って、だめだめ!

「遊園地に現れたのは本当に調査のためだけだったんだな」
「そうさ。客の様子を見るには地球人が居るときでなければわからんからな。あれだけたくさんのメカがあるし、面倒だから一挙に調べようと思ったのさ」
「やり過ぎだ。大騒ぎだったんだぞ!」
「そうしたらお前が居たんだ。これも運命だよ、スタージャッジ。風はわたしに吹いている。さあ地球の代表に紹介しろ。本部に報告書を送るんだ!」

ああ、ラバード。まったく、この根性は認めるよ。認めるけど‥‥。

「‥‥少し、考えさせてくれないか」
「おお! その気になってきたか! よしよし、一ヶ月でも二ヶ月でもゆっくり考えるがいい。あの部屋はお前のために用意したんだからな!」
げ、あの無気味な部屋! やっぱり僕対策だったのか。衝撃を吸収する材質って一番やっかいなんだよ。ラバードは満面の笑みで、僕のそばに寄ってくる。悪いな、ラバード。あんたの要求、呑めるわけないだろ?
「ラバード。それで‥‥。頼みがあるんだ。陽子達に会わせて欲しい。映像だけじゃ安心できない」

ラバードはまた僕の頭をぽんぽんと叩いて、わははと笑った。
「ほうほう。おやすいご用だ。やっぱりあの小さいのに惚れていたんだな、スタージャッジ」
「‥‥えっ‥‥。惚れ‥‥って、お、れは‥‥」
「ビメイダーとはいえ、そろそろそういうことがわかっていい歳だぞ、坊や」
ラバードは至極まじめな顔でそう言った。

 * * *

「これ、取ってくれよ、ラバード」
「囚人のくせに図に乗るな。らしいカッコでいいだろう?」
「招待するって言ったろ。客じゃなかったのかよ」
「誰が客だ。それにお前は身動きできない方が可愛げがあっていい」
‥‥なんか危ない発言だな〜〜。勘弁してくれ。

ラバードの前を歩かされてる僕は、両腕もろとも上半身を幅広の拘束シートでぴっちりと巻かれていた。スブール星はなぜこーゆーグッズが発達してるんだ。とはいえこうやって素直に陽子のところまで案内してくれるのだから、あまり文句も言えないけど。

基地の上面に出ると雲一つ無い空に月が明るかった。基地といってもそこらでよく売ってる組み立て式の浮遊ステーションだ。長径が百五十メートルを越す楕円ボールを半分にしたような形状で、居住部や重力エンジンは内部に組み込まれてる。ここは断面の平らな部分。昼間はたぶんドームがかかるようになってるんだろう。

ここは基本的には発着場で、甲板と言った方がいいかな。内部に通じるでかいハッチや例の輸送艇、それにもっとコンパクトな飛行艇もあった。そしてとんがった方の隅に例の迷路の建物が‥‥。こんな場所に五十メートル四方もの迷路を用意するなんて、門外漢の僕にはさっぱりわからないや。

ラバードに促されて四メートルほどの高さの迷路の屋根に飛び上がった。屋根はまるで分厚い氷のよう。そしてその下に広がる迷路。なんだかちらちらしてセンサーが混乱しそうだ。
陽子達は迷路の中央近くの脱出口の下にいるはずだ。この迷路は途中の天井にもいくつか脱出穴があって、うまくすればそこから抜けられるようになっている。だが天井は高くて、脱出口には特殊なロックがかけてあるから、出口までマジメに歩いた方が早いはず、というのがラバードのコメントだった。
だが、ラバードの予想に反し、"氷原"の一角がゆっくりと押し上がっていく。
「ほう。こんな短時間であの錠を開けたというのか?」

ラバードのつぶやきを僕は聞いていなかった。だっと駆け寄る。半透視材を通して、ジョーダン氏の肩の上に立ち、不安定な状態で重い上げ戸を押し上げようとしている陽子が見えた。
「陽子!」
少し上がった扉板と屋根の隙間に靴先を入れ、蹴り開ける。
「‥‥あ。マゼ、ラン‥‥? マゼラン!」
屋根の縁につかまって叫ぶ陽子の頭部は天井面よりまだ下だ。僕は縁にひざまずくと頭を延べた。
「僕の首に手を回すんだ! 親父さんは陽子の足に掴まって」
「うん! パパ!」
そのまま身を起こして立ち上がり陽子を引き上げた。屋根に手をかけたジョーダン氏を肩に掴まらせて引きずりだす。

「マゼラン!」
陽子が僕に飛びついてくる。抱きしめたかったけど、こうぐるぐる巻きにされてちゃ無理。でも肩に回されてる細い腕もくすぐったいような髪の感触もその声も、全てが僕の歓喜を呼び覚ます。
「生きとったのか、宇宙人!」
ジョーダン氏が拘束シートの上からどんと僕の背中を叩いた。その声にも安堵と喜びがあって、僕はまた嬉しくなる。
「ありがとう、親父さん」

「感動の再会はそのくらいにして。そいつらほんとにあの鍵を開けたのか? ほとんど不可能なはずだぞ」
ラバードが近寄って来たのに気がついて、少し後じさりした陽子に訊ねる。
「なんか、鍵みたいなの開けた?」
「これのこと?」
陽子が取り出したのは南京錠みたいな大きな錠前。曲がったヘアピンがまだ刺さっている。
「それ、アイツに投げ返してやって」
頷いた陽子が問題の錠前をラバードに向かって投げる。受け止めたラバードは驚きの眼で錠前をためつすがめつ見ている。電子ロックに慣れすぎて、物理的な仕組みの錠が逆に"ブラックボックス"化しちまってるんだ。

ラバードが顔を上げて、僕と陽子達を見やった。
「なかなか面白いな地球人も。だが全てはお前との話がついてからだ、スタージャッジ。無事がわかればもういいだろう。その二人は責任を持って元の場所に帰してやる。お前とは話の続きをしよう」
「そうはいかないよ。やっぱりあの話には乗れない」
ラバードはふふんと笑った。
「まあそう言い出すだろうとは思ったさ。ならばお前はこのままここに留め置きだ。お前の身体が死んで、新しいお前が生まれた時、そいつが古い身体を処分しに来るのは知っている。ならば新しいお前をまた捉えて、徹底的に言い聞かせるだけだ」
「それもイヤだ」
「はん。エネルギーが尽きかけて戦うこともできないお前に、いったい何ができる?」

それが使命だからか、必要だからか。それとも無性に欲しただけなのか。些細な事柄は溶け合って形を失い、僕はただ陽子の名を呼んだ。応えた陽子が僕を見上げる。

「怖い目に遭わせてごめんね。でも、君のことは僕が護るから」
そう囁いて、身をかがめた。

陽子がかすかに息を呑んだ。つややかな唇がわずかに開いたまま動きを止め、驚いたように見開かれていた黒い瞳がそっと閉じた。少女が僕の身体にすがるように少しだけ背伸びをした時、あらゆるセンサーが機能を止めたように感じた。

ただ、そっと触れ合った唇の感触だけが、その時の僕の全てを埋めていた。

2006/8/26

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