スタージャッジ 第3話
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「なんのマネだ!」
すぐ立ち上がってそう言った。破損はたいしたことはなかった。
「キミがその人を助けるかどうか見たかったんだ」
「なんだと?」
「怒らないでよ。ちゃんと間に合ったじゃない」
「‥‥‥何が目的だ‥‥」
「それより質問に答えてよ。キミがこの星のスタージャッジ?」
「何が目的だ、言え!」
背後で陽子がまた怯えて竦むのがわかった。でも怒りが抑えられない。人の命をなんとも思わない犯罪者には何度か会っているけど、こんな気持ちになったのは初めてだった。

「ええと‥‥」
マリスは頭の脇で人差し指を立てて振り回した。五本指の地球人そっくりの白い手だった、少しの間ののち標準語で言った。
「あはは‥‥、やっぱりまだよくわかんないや、ここのコトバ。どっかで知ってるような気がしたんだけどなぁ」
マリスは両腕を伸ばしてくるりと回ってみせた。
「さっきまで賑やかそうなトコ、ぶらぶらしてたんだ。みんなが話してたコトバ、なんか聞いたことある気がしたんだけど‥‥。もうちょっと時間あれば、覚えられるんだけどな。ボクって天才なんだよ」

「お前、ビメイダーなのか? それで地球人そっくりの姿を‥‥」
「気持ち悪い。ビメイダーなんかと一緒にしないでくれる?。ボクは自然人さ。正真正銘のね」
不愉快そうに顔をしかめたマリスが、またにいっと笑った。
「でも、キミには逢いたかったんだ。キミがどんなスタージャッジか知りたかったんだ。そのために苦労してここまで来たんだ。もっと喜んで迎えてくれてもいいのにさ」
「ふざけるな! カミオの人達やフラーメを沢山殺したのもそのためだってのか!」
マリスがぽんと手を打ち鳴らした。
「ああ、やっぱりキミ、あの連中も助けたの? さっきのサインはその関係?」
「貴様‥‥」
「ちょっと待ってよ。ボクはこの星に何かする気はないんだ。キミの仕事には関係しないから。あの女ビメイダーの方がよっぽどキミを困らせてたんじゃない? それにあんな石ころ人間や使い捨ての作業生物、いくら殺したって‥‥」
「黙れ! みんな生きてた。生きてたんだぞ!!」

頭の中に、カミオの人達やフラーメが殺される映像がよぎった。実データじゃない画像が浮かぶなんて、僕にとってはあり得ないことだった。でも僕は確かに見た。そしてそれが一瞬、陽子が倒れていく映像と置き換わる。僕は、僕の腕にすがる華奢な手を掴んで、陽子は無事だと自分に言い聞かせなけりゃならなかった。
「キミ、本当に面白いね。ビメイダーなのに本当の"人"みたいなこと言うね。"人"みたいに感じるんだね。会うまでは半信半疑だったけど、来てみて良かった。良かったよ」

マリスの嫌みな笑顔を見ながら僕は決めていた。僕の独断でこいつを拘束する。確かにこいつは未接触惑星保護法や星間交易法に違反してるわけじゃない。スタージャッジである僕としては秩序維持省からの委任状がなきゃ逮捕できないけど、待ってられるか。あたりは明るくなり始めてるし、早朝のハイキングを始める人がいないとも限らない。

「陽子。一人でバンガローに戻れるか?」
僕はマリスの方を向いたまま小さく日本語で言った。マリスが日本語まで理解するとは思えなかった。
「う、うん。でも‥‥」
僕は陽子の手を軽く叩いた。
「大丈夫だ。あいつを捕まえたらすぐ戻る。早く行くんだ」
「はい」

陽子が向きを変えて走りだし、マリスがつられるようにそれを追った。僕の右手から飛んだワイヤーがマリスの足を絡めとる。マリスはうつぶせに倒れ込んだが、両手を地面につっぱってぽんと跳ね起き、こちらに向き直った。すかさずもう一本のワイヤーで奴の上半身を縛り上げる。
スタージャッジの使うキャプチャリング・ワイヤーは並じゃない。無理に力を加えれば身体の方が切れてしまう。さっき真上にいるグランゲイザーにシグナルを送った。フリッターがあと十分ぐらいで到着するだろう。フリッターは小型の輸送艇で、荷物や負傷者の搬送や捕獲した犯人の護送などに使ってる。"銀色タマゴ"は一人乗りだからこんな時には使えないんだ。

「ねえ、なんのつもりさ?」
縛られて棒のように直立したマリスは、相変わらず人を食った態度のまま、近寄ってくる僕を見ていた。
「マリス。お前を逮捕する」
「ボクが何をしたっていうの?」
「カミオの人を殺し、スブールの船を破壊した。そして未接触惑星の住人に対する殺人未遂だ」
マリスの身体を服の上からざっと探ってみた。右腰にでかい両刃のナイフ。ざっと調べるが純粋な金属の固まりのように見える。懐にさっき僕に穴を開けてくれたのと同じ小さなナイフが三つ。

マリスはこんな時だというのに、くすぐったげに笑いながら言った。
「キミさ、こんな命令違反して大丈夫なの? ボク、正確に証言するよ? なんにもしてないのにいきなり捕まったって。あとで困らない?」
「好きにするんだな」

驚いたことに極めて原始的なナイフ以外のものが見つからない。アーマーを使ってるんだから何らかの機器は必要と思われるんだけど‥‥。でも‥‥
「身体の中にかなりの金属反応がある。お前、やっぱり‥‥」
「ビメイダーかってのかい? 冗談じゃない、謝れよ! 病気で人工のパーツをいくらか入れただけだ、ビメイダーなんかじゃない!」

こんな嫌悪感を示すということは、たぶん本当に自然人なんだろう。少なくとも脳の中身は‥‥。何も言わずに再びチェックに入ったら、一転、人なつっこい声で話しかけてきた。
「キミってもしかして、ビメイダーのくせに命令違反が好きなの? この前もそうだったんだってね」
「この前って、なんのことだ?」
知らないふりをする。フリッターが来るまで大人しくしててくれるなら、くだらないお喋りもいいだろう。だいたい僕はそんなに素行不良じゃない。今だってマリスを捕獲すると本部には送信済みだ。僕らは身体の端子に通信機を接続して情報を送信することができるんだ。本当は船と常時接続してればいいのだろうがエネルギー消費が激しいし、今の地球ぐらいの文明になるとゲイザーが見つかっちまう。

「ストリギーダ人を捕まえて売ろうとして地球に逃げ込んだ連中だよ。キミったら爆破命令無視して相手の船に乗り込んでって助けちゃったんだって?」
「どうしてそんなことを知ってるんだ?」
「シリウス星系の維持省本部で話題になってるって、ボクの知り合いが教えてくれたんだ。リューカー=ドゥーズって知ってる? 彼、親切なんだ。金にならないターゲットに用はないけど、もしかして興味あるんじゃないかって、わざわざ教えてくれたんだよ」
「お前‥‥リューカー=ドゥーズの仲間なのか?」
さすがにちょっと驚いた。リューカー=ドゥーズは犯罪組織ファラップの幹部として知られた名だが、秩序維持省でもはっきりした正体を掴んでない。こいつを捕まえればその手がかりが得られるかもしれない。

「仲間って訳じゃないけど時々仕事もらうから。あ、他の人から請け負うこともあるよ。僕はスタージャッジ専門の殺し屋なの。下請けだから名前は出さないけど」
「で、今回のターゲットは僕ってわけか?」
「うん」
「誰の依頼で?」
「ボク」
「理由は?」
「ふふ‥‥。あとで教えてあげる」
マリスは子どものような笑い声をたてた。

こんな物騒な目的持ってて、何が買収してやるだ。とはいえ今は喋らせておくのが一番いいのだろう。
「スブールの船を壊してからどうやって地球に入った?」
「ボクのシップも回しておいたんだよ。ちゃあんと地球に入ってるよ。スブールのシップのことでばたばたしてて、気づかなかったでしょ」
マリスはまた得意げにくっくっと笑った。
「船を持ってるなら普通に入ってくればいいだろう? カミオなんて遠距離から電送されるリスクを冒すなんて‥‥」

「そう? 電送って別に怖くないよ。ときどき体調崩すけど治せばいいんだから。そんなことよりキミのこと一番よく知ってる奴と話したかったんだよ。船で近づいて大人しく入船させてくれるわけないじゃん。いろいろ苦労したのにあの女ビメイダー、そっけないから頭来ちゃったけどさ。スタージャッジのこと調べるの大変なんだよ。だって本部以外に誰とも付き合いないだろ?」
僕の胸が少しちくりとした。マリスの言った通りだ。それがスタージャッジだ。当たり前のことだ。それを辛いなんて、考えたこともなかったのに‥‥。僕は頭を振って質問を続けた。

「なぜスタージャッジを狙う? スタージャッジを消滅させる手間を考えたら、いい商売になるとは思えないんだが」
マリスは身体を左右にゆらした。手足をぐるぐる巻きにされているのに、バランスを失うこともなく、まるで草みたいに器用に揺れている。

「仕事はおまけなんだよ。ボクはボクのために探してたんだよ、キミみたいなスタージャッジを。自由意志を持ったスタージャッジ。優しくて感情移入できる"人"みたいなスタージャッジ。ボクの望みを叶えるには、そういうスタージャッジが必要なんだ。でもいなかった。今まで何人ものスタージャッジに会ったけど、みんなコンピュータみたいに冷静だった。スタージャッジってビメイダーのなかでも特別製なんじゃないのかな。悔しがったり悲しんだりぜんぜんしないんだ。たとえ殺される寸前でもね。でもキミは違う。違うよね」

マリスが上目遣いに僕を見て、にいっと笑った。
「とうとう、見ぃつけた」

次の瞬間、マリスの左手から何かが走った。一つが彼自身の左脚に沿って下に、そしてもう一つが左腕を遡る。それはマリスの衣類と皮膚共々にワイヤーを切り裂いた。彼の周囲に真っ黒なアーマーが現れる。その時はもう僕の身体もサポートアーマーに包まれてた。
レーザーか分解銃? 身体に仕込んでるってのか? 全く普通じゃない。だがリープ伝送路を電送でくぐってくる奴だ。常識なんかとうの昔にふっとんでる。

マリスの動きは速く、一直線にこちらの懐に飛び込んで来た。右のストレートを左腕のプロテクターで流す。蹴り上げてきた左足を右脚で受けたがアーマーがひび割れそうな衝撃。すでに前方にスライドさせてた右腕プロテクターで奴を突き飛ばすように離れた。奴の脚部は鋭角になっている部分があり、偶然そこが当たった‥‥んじゃない。蹴った方向に合わせてアーマーが回転してる! あの体躯からは信じられないスピードと重さ。アーマーのドライブ機構が半端じゃないんだ。
次の蹴りは木の陰に回り込んでかわしたが、奴の脚が当たっただけでその木が倒れ始めた。最高出力で幹に沿って飛び上がり、枝の中に飛び込んで左前腕のカッターで手頃な大枝を切り飛ばす。宙には浮いてるがこちらを見失ったらしいマリスの頭上にその枝を振り下ろした。マリスが反射的に両腕をあげる。その空いた左脇に、右前腕のナイフを思い切り突き込んだ。

だが切っ先はほとんど食い込まない。まるで棒でも突き立てたような感触が戻ってきた。
「無駄だよ。ボクのアーマー、そんなことじゃ破れない」
あざけるような声と共にマリスの黒い手が高熱を発し、枝が燃え上がる。超特級のアーマーなのは確かのようだ。奴は火のついた枝を無造作に放り投げる。冗談じゃない。山火事なんてごめんだ。

「クラッド・スプリング!」
退避しながら左肩の装甲をほどいて鞭状にして枝を絡め取る。奴の上半身に燃え盛る枝ごとスプリングを巻き付けた。同時に奴の足を掴み、その身体を背中から空いた地面に叩きつける。アーマーがこれだけ丈夫なら中身(マリス)に物理的な打撃を与える方が手っ取り早い。二度振り下ろしたところで火が消えた。三度目に振り下ろそうとした時だ。スプリングがばらりとちぎれ飛び、奴がぐにゃりと上半身を起こしてきた。アーマーを着ているのが信じられない柔軟さだった。
奴は抱きついてくるみたいに僕の頭部を両手で挟んだ。黒い面当てが眼前に近づいてきたと思ったらすっと開く。透明なゴーグルの向こうに奴の素顔が見えた。薄く赤い唇がにんまりと弧を描いてる。
「戦い方も個性的だね、キミ。気に入ったよ。キスしてあげたい気分」
こっちは循環液が泡立てられたような最悪な気分だ。

「ぐっ!」
一瞬、身体が硬直し、奴の足から手が離れた。側頭部に高電圧がかかってる。装甲に想定外の電流が流れるのは嬉しくない。頭部のクレストをくるんと曲げ、フリンジを奴の手とアーマーの間に入れてアースする。同時にジャッジ・スティックを奴のゴーグルに突き込んだ。破壊の手応えを感じながら、奴の身体を両足で蹴り飛ばす。
追って突っ込もうとした時、背後にいきなり紡錘形の飛行物体が現出した。物体は蕾が開くようにほどけ、中から真っ黒な人型が現れる。高さは三メートル弱。腕が三対で脚は無い。腹部は蜂みたいに大きく膨らんでるけど顔は小さく優しそうに作ってあって‥‥。なんてこった。ジーナス星の成人女性にそっくりだ。

ロボットが三対の手を伸ばしてこちらに向かってきたので即離脱した。彼女は僕に構わず、ゴーグルを片手で押さえたマリスに寄り添った。
「ああ、フォス。ボクなら大丈夫さ。嬉しいよ。すごく嬉しいんだよ、ボクは。いい感じだ。いい感じのスタージャッジなんだ。だからあまり痛めつけるなよ」
ロボットの右側の二本の手がマリスの頭部を包んでる。そのうちマリスがロボットから大型の黒いソードと銃と思われるものを受け取り、素顔をさらしたままこちらに向き直った。忠実なる守護者といった様相の大きなロボットがふわりのその前に浮いてくる。

「IDカノン」
こっちも相棒を呼んだ。グライダー状態のカノンの中からごちゃっとした金属の固まりを取り出した。ひと振りすると一メートルほどの棒になる。先端は槍と鎌と斧が一緒くたになっているし、反対側は錘というには重すぎる金属球。地球人の得物を真似てごたまぜにしたからジャンブルと呼んでる。
フォスと呼ばれたロボット、ジーナス製なんだろうか? ジーナスは天才揃いの星だが、基本的に叡智に満ちた‥‥ああ、地球風に言えば人格者が殆どで、連合の研究所にはジーナス出身者が非常に多い。実際僕を作った博士達もジーナスの生まれだ。でも、中には騙されたり、単純な興味本位で悪人に武器を作ってしまう人もいて、このロボットもそんなこんなでマリスの武器になってしまったのだろう。となるとアーマーもジーナス製か。どうりで高性能のはずだ。

カノンにぶら下がってロボットに向かって突進。二カ所の関節を持つ六本の腕が伸びてくる。彼女の"域"に飛び込むと同時に僕だけ横に逃げる。あとはカノンにやってもらおう。僕はジャンブルの刃をかざして一直線にマリスへ飛んだ。
右手に回り込んだ奴を鎌で薙ぐ。だが奴はそれをぎりぎりで避けた。勢いに任せて棒をくるりと回すと、繰り出されたチェーンの先の金属球がマリスの背中にぶち当たった。

そのまま突っ込もうとしたが、背中のセンサーが上空に回り込んだフォスを捕らえる。振り返ったら何かどでかいもので横殴りに殴られた。吹っ飛ばされた先にはフォスがいて、腕がわらわらと伸びてくる。ジャンブルを伸ばして彼女の身体に突き立てようとしたが、フォスはジャンブルの先端部の根本あたりをがっちりと捕まえた。信じられない力だった。

そこに棍棒が襲ってくる。正体は木の幹だ! 宙に浮いたマリスが腕組みしてこちらを見ている。倒れた木に受信機と反重力駆動機を打ち込んで即席の"ラジコン"棍棒にしたってのか? 僕はジャンブルをしなわせてぐっと沈んだ。
「スライサー!」
木の幹が僕のいた空間を薙いだ直後、僕はジャンブルの弾性も利用してぽんと飛び上がり、同時にスライサーをフォスに突っ込ませた。スライサーに対して身構えたフォスは幸いにジャンブルから手を放し、僕はスライサーと共に上空に逃れた。

僕は荒く息をついた。身体中フル稼働で排熱がおっつかない感じだ。そんなときアーマーに仕込んだ通信機に信号が入り、緊張した声が聞こえてきた。
〈マゼラン‥‥。マゼラン、聞こえる?〉
「陽子、どうした?」
〈人が‥‥お巡りさんと公園の管理の人がそっちへ行ったわ!〉
「なんだって?」
〈大きな音が聞こえてきてて、避難命令が出て港にいけって。見回りにきた二人が様子見に行くってそのまま登って行っちゃったの!〉

「なに休んでんのさ?」
マリスが大型のソードを掲げて突っ込んでくる。こっちもジャンブルを突き出すが、奴の体術のほうが上だ。これだけ頑丈なアーマーで包まれながら、何も着ていないが如くに動けるってずるくないか? 滑るように入ってきた刃を左腕のプロテクターで受けたが、それだけでヒビが入った。だが右手で引いたジャンブルに手ごたえがある。鎌が奴のアーマーの腰部に引っかかってた。これ幸いとばかりにぐいっと引き寄せ、同時に左腕のプロテクターで腹部をぶん殴る。透明なゴーグル越しに奴の顔が歪み、黒いボディが仰向けに地面に延びた。

一呼吸置いたが起き上がって来ない。大の字に横たわったままだ。スライサーはうまいことあのロボットを抑えている。僕は奴の脇に着地し、右腕のプロテクターに埋め込まれた銃口を奴のゴーグルに突きつけた。
「あのロボットを止めて、お前も武装を解除しろ」
「わかったよ。ボクの負けみたい」

かなり驚いたことに、マリスは素直に持っていたソードを放り投げた。背後であのロボットまで動きを止めてる。マリスはゆっくりと立ち上がり、その身体から黒いアーマーがしゅん、と消えた。普段の姿に戻ったマリスが、ふうっと溜息をつく。 「こんな平和な星のスタージャッジと思えない戦闘力だね、キミ」
ちょっと疲れた風ではあるが、マリスの顔にはまだ笑みがある。

何かがおかしい。こいつがこんなに大人しく言うことを聞くなんて。だが、降伏の意志を示している自然人に対して攻撃を加えるなど、僕らビメイダーには不可能だ。
「ロボットから銃も受け取ってなかったか?」
「これかな」
奴の右手が腰から変った形の黒い銃を引っ張り出す。ぽんと持ち替えると、グリップの方を僕に向け目の高さまで持ち上げた。左手をあげてそれを受け取ろうとした時だった。

銃が、グリップと見えてた側から何かを発射した。左肩の接続部から体内に入る。左肩の丸い装甲はさっきほどいてスプリングとして使って破壊されてしまったから接続部が剥き出しだったんだ。後ろに崩れながら、僕は知らないうちに喚き声をあげてた。弾が内部で破裂したとかじゃない。どう考えても破損はたいしたことないはずだ。だけど肩の中で何かが"痛み"‥‥つまり危険信号をまき散らしてる。

「痛い? 痛いよね? ボクが作らせた"銀の鏃"だよ。スタージャッジの神経信号にうまく合わせたんだ。ね、うまくできてるだろう?」
地面に転がり込んだ僕を見下ろしてマリスが得意げに笑う。ロボットじゃない僕には神経信号を部分的に遮断するなんて器用なまねはできない。こんな攻撃を受けるなんて考えてもない。信号だ。これは信号だけだ。物理的には大丈夫なんだといくら言い聞かせても、センサーの全てが苦痛だけに集中しそうだった。

〈マゼラン! マゼラン!! 大丈夫なの!? マゼラン!〉
聞こえてくる陽子の悲鳴にはっとした。なんてこった。陽子の髪飾りとの回線を開けたままだ。僕は叫びを呑み込み、必死で息を整えた。
「だい、じょぶだ‥‥。‥‥切るぞ」
陽子の声がまだ聞こえていたが僕は回線を切った。今はまともに喋るのが難しい。

「あらあら。お客さんが来ちゃったよ」
マリスの声で聞こえてきた日本語に気づいた。陽子が言ってた警備員と警察官だ。彼らはアーマー姿の僕と、空中に浮かんだ黒いロボットを見て驚きの声を上げている。
「さて、仕方のない犠牲ってやつがまた出ちゃうのかな、ねえ、フォス」
「あ、ID‥‥」
呼ぼうとして気づいた。カノンの反応がない。浮き上がってきたフォスの手にカノンの白い翼が握られてる。くそ。マリスが降伏するふりをしたのも、フォスがカノンを泳がせてたのも、全部こいつを僕に打ち込むためだったんだ。

「に、逃げろ! はやく、降りるんだ!」
僕は日本語で叫びながら彼らの方に向かった。だがマリスが一瞬でアーマーを着装して僕を追い越し、彼らの退路を断った。
「な、何者だ!」
二人は立ちすくんだ。それでも警官の方は銃を構えてそう怒鳴った。

「うーん、わかんないな。島だからってこんなに違うコトバ使わなくてもいいのにさ」
マリスは首をかしげながらも二人に一歩近づく。僕はその前に立ちふさがり、背中越しに二人を見やって言った。
「隙を見て逃げるんだ! こいつ、あなた達を殺すこと、なんとも思ってない!」
「あ、あんた、日本人なのか? その格好は‥‥」
「国家機密だ。さっさと山を降りて忘れなさい! みんなを避難させて!」

「やだなぁ、ボクのわかんない言葉でしゃべっちゃって。フォス。花火でも撒いちゃいなよ」
マリスがいらいらした口調でそう言い、上空のフォスが六本の腕を広げた。空中にきらきらする破片が振り撒かれる。一瞬ふわっと漂ってから急降下してきた。対生体用静電気爆弾。生身で喰らったらたまったもんじゃない。
「これかぶって伏せて!」
僕は自分のマントを外して彼らにかぶせた。多少重いが相当の防御機能を有してる。すぐにアーマー全身にバチンと言う衝撃を喰らった。大量の電荷片が僕の身体との間に放電を起こした結果だ。そのままマリスに飛びかかり、がむしゃらに奴の身体を地面に押さえつけた。
「二人とも、早く!」
地球人達がマントの下から這い出して森の中に逃げ込んだ。
マリスは僕を蹴り飛ばして飛び上がる。
「フォス。さっきの奴ら、森ごと焼いちまえ」

フォスが腕を広げた。彼女の胴体から大量の熱線が吐き出された。それが彼岸花みたいな軌跡を描いて彼らの逃げた道にもぐりこもうとしてる。僕はその先にディスクを投げた。
「クラッド・シールド!」
マントも含め分解されたアーマーの原子達が僕の身体から離れ、コアディスクを中心に巨大な気体の盾を作った。緩やかに湾曲したシールドは押し寄せる熱をしっかりと受け止める。ディスクにコマンドを送り、エネルギーを内包したシールドごとフォスにぶつけた。いくつか爆発が起き、巨体が揺らいだ。
「フォス!」
マリスが初めて真剣な声で叫んだ。ぎゅん、とロボットに飛び寄る。だが煙が晴れればなんてことはない。慈愛に満ちた表情の女型ロボットは腕の先を三本失っただけで、しっかりと宙に立っていた。ひきかえこっちはエネルギーが残り少ない。再度アーマーを実体化させても一分は着てられないだろう。

「まさかここまでするとは思わなかったよ」
マリスがまた地表に降り立った。彼の黒いアーマーがふわりと消え、素顔のままこっちに近寄ってくる。
「こんなことであんなにエネルギーを使っちゃうなんて、バカだよ。肩、痛くないの?」
「痛いさ。忘れてたんだから、思い出させないでくれ」
マリスはくすくす笑った。
「キミって最高だよ」

「マリス。お前さっき、僕がターゲットだって言ったな」
「うん」
「僕を殺せば、それで、それだけで、済むんだな?」
「済まないかも」
「なに?」
「ボクはね、スタージャッジが憎いんだよ。スタージャッジさえいなければボクは‥‥ママともパパともお姉ちゃんとも別れなくて済んだ。だから‥‥」
マリスのにやにや笑いが消えた。僕を見る目はひたすらに青白く、どこか氷のようだった。

「キミが、自分がスタージャッジに生まれたことを後悔して、苦しみ抜いて死んでく。そのためだったらボクはなんだってやる。この島を沈めて見せようか。原住民、けっこういるよね? そいつら、キミのために死ぬんだよ。カミオの連中もあの船も、キミのために死んだんだ。ボクのせいじゃない。キミのせいだ」

「馬鹿なこと言わないで! マゼランは悪くないわ!」
僕はその声に反射的に動いた。殆ど一飛びで、森の入り口にいた陽子を腕の中に抱いていた。なぜ陽子がここにいるのかなど、考えもしなかった。

マリスが向き直った。驚きで丸くなった瞳が、すっと細くなった。
「お姉ちゃん。ボクの言葉がわかるんだね? キミは、そのスタージャッジの、何?」
僕が制止するより早く、陽子が言い放った。
「友達よ!」


2008/10/26

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