スタージャッジ 第2話
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「わーい、すごーい、きれい!」
「うーん、ホントにきれいだね」
「でしょ、でしょぉっ!?」
嬉しいのは花火が素敵だからだけじゃなくて、マゼランが嬉しそうだからです。

あ、あたしは陽子っていいます。陽子・ジョーダン。今日からおじいちゃんとおばあちゃんのお家に遊びに来てるの。パパとマゼランと一緒です。

ミナゾウおじいちゃんとキヨコおばあちゃんは、あたしのママのパパとママ。ママはもうこの世にはいません。あたしが生まれる時に死んじゃったから。おじいちゃんのお家は富士山と海のそばで、今夜はちょうど花火大会。日本で暮らし始めたのは半月ほど前からだけど、ここには小さい頃から何度も来たことがあるの。

それで、マゼランというのはあたしのお隣に住んでいる人で、あたしが引っ越してきた時に色々あって‥‥。自分でもよく分からないうちに‥‥その‥‥好きになっちゃった人です。
ひとことで言うと強くて優しくて頼りになるお兄さん。本当になんでも知ってて、でも人のこと絶対バカにしたりしないの。それでいて遊園地とか本気で楽しんでるから、見てると可愛いなぁって思っちゃう。そばにいるとドキドキして、なのにほっとする感じで、とにかくずーっと一緒に居たくて‥‥。これってやっぱりフォール・イン・ラヴ‥‥なのかなぁ‥‥。

ということで今度もさりげなーく誘ってみました! もちろんキヨコおばあちゃんにお許しもらってから。あとでパパは怒ってたけど、男の子を見ると不機嫌になるのはいつものことだし、マゼラン、男の子じゃないし。だいたいパパだってマゼランのことそんなに嫌いじゃないのよ、あたしにはわかるもん。

で、花火って言ったらね、マゼラン「そういや昔、撃墜されそうになったことあったなぁ」とか言うの。冗談じゃなくてホントね。マゼラン空飛べるから。
内緒だけど、彼、宇宙人なんです。地球を侵略しようとする人達を追い出すために地球に居るんだって言ってました。仲間の人はいません。マゼラン一人です。どの星の人か聞いたのですが、地球からじゃ見えないくらい遠い星で、あたし達にわかる名前は無いんですって。
でも、あっさりいいよって言ってくれて、嬉しかったです! 結局マゼランの運転で連れてきてもらっちゃったのですが(汗)、でも彼、花火ゆっくり見るのなんて久しぶりって喜んじゃって。やっぱり可愛いです。

「太堂さんの工房の花火は次だぞ」
パパがパンフレットを見てそう言いました。あたしは漢字は簡単なのしか読めないから、こーゆーのはパパ任せなの。
そして! なんとあたしのおじいちゃん、タイドウ・ミナゾウさん、は花火を作る人なのです! あ、今はもう直接作るのはやってませんが、この花火大会にもおじいちゃんの工場の人達が作った花火が出てるのです。
おじいちゃんの花火はどれも素敵ですけど、やっぱり一発だけの大きなのが好き。最初はただしゅーっていいながら上がってくだけ。もしかして失敗なんじゃないかって心配になるくらい。それがドンッっていって何色ものドーナッツが真ん丸に大きくて広がって‥‥。

「"夢菊――天と地に捧ぐ"‥‥か‥‥」
歓声に交じってパパの呟きが聞こえてきました。
「なあに、それ?」
「今の花火の名前さ」
天って言うのは、やっぱりママに見せたかったからかなー。死んじゃって十八年経ったことになるけど、おじいちゃん達が月子ママのことを忘れる日は無いと思います。パパもだけど。

マゼランがのんびり言いました。
「確かに尺玉花火は上から見てもきれいですから。空からも大地からも楽しめそうだ」
「そうなの? 上から見たら薄っぺらで、つまらないんじゃ‥‥」

あたしだって言いかけてからヘンだと思ったわよ。でもとっさにそーゆー映像が浮かんじゃったんだから仕方ないじゃないの。なのにパパとマゼランったら、同時にがくっとなって同時に顔を上げて、同時に言ったの。
「花火は空に貼ってあるわけじゃないんだぞっっ」
「あれは球なんだってば球!」

えーん、わかってますよ〜〜(滝汗)

 * * *

「おばあちゃん、ただいま!」
「おお、お帰り。綺麗だったかの?」
引き戸を開けたら、お留守番してたキヨコおばあちゃんが出てきました。おばあちゃんは心臓が良くないので、花火大会には行かないんです。
「うん、とっても! おばあちゃんは見られた?」
「二階の窓から見たぞ。夢菊、ちょーっと芯がずれとったか」
「もー、そんなのあたし、わかんないよ! とにかく大きくてきれいでとーっても素敵だったよvv」

おばあちゃんの髪は真っ白で、ちょっとくすんだ赤紫のお洋服(さむ‥‥なんとかっていうの)がとっても似合ってます。このお洋服ね、おじいちゃんとペアルックなんですよ。いいでしょう? おじいちゃんのは明るい紺色で、それもかっこいいんですよ。
あたし、子供の時からおばあちゃんが大好きなんです。とにかく優しくて、いつもにこにこしてるの。とても小さい人なのですが、ゆっくり動いているのにお食事とかお片付けとかあっというまにやっちゃって、魔法使いの小人さんみたい。ママが死んじゃったとき、おばあちゃんはアメリカまで来てくれて、パパが慣れるまであたしの面倒を見てくれたそうです。

「ガードマンさんは、いかがでしたか?」
「はい。素晴らしかったです。楽しませて頂きました」
あらあら、マゼランったらすっかり"ガードマンさん"で定着してしまいました。マゼランが今朝到着した時、おじいちゃんとおばあちゃんに「陽子さんのボディガードです」なんて挨拶したのでこうなってしまいました。まあおじいちゃんがあっさり納得してたんで黙ってましたけど、マゼラン、何考えてそんなこと言ったんでしょうね。

パパがちょっとためらいがちに言いました。
「それで、清子さん、太堂さんは‥‥」
「今日はそれこそ打ち上げで飲んでくるから、遅いじゃろ。気にせんと、先に休んでてください」
「はあ‥‥」
キヨコおばあちゃんは優しく笑うと、パパに近寄り、まがった腰をぐっと伸ばしました。
「じいさんのこと、あまり気にしないでやってください。あの人はもう本当に頑固だから、いつも貴方には申し訳ないと思っております」
「いえ‥‥」

ミナゾウおじいちゃんはあたしのことは可愛がってくれるのですが、パパには微妙にいじわるです。パパのお願いも聞いてくれません。パパはおじいちゃんの花火を遊園地で使いたいと思ってるんだけど、うんって言ってくれないの。
おじいちゃんは月子ママとパパの結婚に反対で、その上ママが若くして死んじゃったから今でも怒ってるのでしょうか。でもそんな昔のことでずるいわ、おじいちゃん。だいたいママはパパが好きで結婚したんだから、怒るスジアイは無いじゃない?


 * * *

はっと目を覚ましたら、障子の向こうがもう薄明るい‥‥。

あれ。あたし、いつの間に寝ちゃったの? お風呂のあと、おじいちゃん帰ってくるの待ってた気がするけど‥‥。

襖をそーっと開けてみました。隣のお部屋、手前のお布団ではパパがぐっすり眠ってます。その向こうのお布団はもう畳まれてます。マゼラン、起きちゃったんだ。なら、あたしも起きよっと。
そーっと着替えて、そーと階段を降りましたが、もうキッチンではかたかた音がしてます。

「おばあちゃん、おはようございます」
「おや、陽ちゃん、早いの。大丈夫かい。頭痛くないか?」
振り返ったおばあちゃんが、ちょっと心配そうな顔で近寄ってきます。
「え? ぜんぜん平気よ? 昨日あたし途中で寝ちゃったの?」
「ちっとにしとけっていうのに梅酒の梅、あんなに食べるからじゃ。タネが山になっとったぞ」
「‥‥あたし、もしかして、酔っ払って?」
思い出しました。去年おばあちゃんが漬けた梅酒、梅だけ取り出してお酒を他の瓶に詰め替えるお手伝いしてたの。でも梅酒の梅って甘くて美味しいから、つい‥‥。
「最初はかしましいぐらいに学校の話をしてたのに、赤くなるにつれて口数が少なくなって、そのうちパタン・キューじゃ」
あらら‥‥。ママもお酒は飲めたそうだし、パパはお酒強いから、遺伝的には平気とは思うんですが、あたし、お酒を飲むとすぐ眠くなっちゃうの。っていうか、それ以前に法律違反です。今度の九月八日でやっと十八歳だもん。

「しかし、陽ちゃん。あのガードマンさん、実はなかなかの男子じゃの」
「え、あ‥‥、な、なんでっ?」
「礼儀正しくて誠実そうなのはいいとして、なまっちろい優男風だしえらく物静かだし、本当に役に立つのかと思っとったんだが‥‥」
うわー、おばあちゃん、意外にチェック厳しいです‥‥
「眠ったままの陽ちゃんを子供みたいに軽々と二階まで運んじまってな。すごい腕力だの」
そっ、そうだったんだ‥‥。ぜんぜん覚えてないよ。どうしよう‥‥。

「その上酔っぱらったじいさんのことまで片づけてくれたよ。モロさんも相当の腕力だったが、それ以上だの。あれならわたしは文句なしじゃ」
「文句?」
「陽ちゃんの旦那としてさね」
「おっ おばあちゃん! な、なに、いきなりっっ‥‥」
「好きなんじゃろ、あのガードマンさんのこと」
顔がぼーっと熱くなりました。もう、おばあちゃんったら〜〜〜。

おばあちゃんはふぁっふぁっと笑ってます。
「ほれ、朝からリンゴになっとらんと、陽ちゃんも散歩にでも行ってきたらよい。ガードマンさんは、ちょっと歩いてきたいって、少し前に出かけたぞ」



夏の朝は大好きです。特に日の出の前後のこの時間。でも空の三割を富士山が占めてるのは、慣れるまではちょっと不思議な感じです。たぶんマゼランは海だと思って行ったら、やっぱりそうでした。堤防沿いの道。まだ人は殆どいません。で、マゼランは堤防のところで黒猫と遊んでます。マゼランはけっこう動物が好きみたい。野良猫とか鳥とか散歩中の犬とか、なんとなく目で追ってる。あたしも同じだからなんとなくわかります。

ごく薄いパールグレーのボトムに、ブルーのジャケットがよく似合ってます。おばあちゃんの言う通り物静かな印象だから、とても大人――ジェントルマン――に見えます。あーあ。卒業式のプロムの時、マゼランとダンスしたかったな‥‥。ほんとにそう思います。
でも、こうやって一人でいるときは、なんだか‥‥寂しそうにも見えるんですよね‥‥。

「おはよう、もう起きたのかい?」
ずっと猫をじゃらしてたのに、マゼランはあたしが近づいたの、ちゃんとわかってる。こっちを見てにこっと笑いました。明るい茶色の瞳が朝日のかげんで少しグリーンっぽく見えます。髪も茶色がかってくせっ毛だから、最初、あたしと同じハーフ・ジャパニーズだと思ってたんです。‥‥まさか宇宙の人とは‥‥。
「おはよ。マゼラン、早いのね」

「大丈夫かい? アルコールを摂取しすぎると、翌日具合が悪くなるって聞いてるけど?」
マゼランが首をかしげて、そう言います。いかにもマゼランっぽい言い方にあたしは思わず笑っちゃいました。
「だいじょうぶよ。よく寝たもん。それより可愛い子ね」
黒猫は人なつっこくて、あたしの手にも頭をこすりつけてきます。
「首輪してるしご近所の猫じゃないかな。ん?」
マゼランが首をかしげると同時に、黒猫の耳がぴんと立ち、目が丸くなります。そのままとんと堤防を降りると、長い尻尾をゆらめかせたまま家と家の間に消えていきました。
「お皿を叩くようなカンカンって音がしたんだけど、あいつの食事の合図だったのかな」
「きっとそうね。毎朝このへんの見回りをしてるのね」

あたしにはそんな音わかりませんでした。たぶんあたし達には聞こえない音も聞こえてるんです。でもマゼランがこーゆーことを言うのは、相手があたしやパパの時だけなんだって分かってきました。他の人とは本当に必要最小限しかしゃべらないの。
マゼランが宇宙人であることを知っている人はあたし達以外はいないそうです。ぜったい秘密なんです。そんなに秘密なのになんであたしとパパだけは知ってていいのかすごく不思議。
他にもマゼランが地球で何をしてるのかとか、知りたいことはたくさんあるんです。でも、それを知る時は、マゼランとさよならする時のような気がして‥‥。秘密を知ってしまったら、あたしの魔法は解けちゃいそうで‥‥怖くて聞けません。

それはマゼランがあたしのそばにいてくれる魔法。ほんとは魔法なんかじゃないのでしょうけど、でも理由を知らない間は魔法のまま。そういうことにしておきたいです。

「そうだ。これ」
マゼランが上着のポケットからハンカチにくるんだものを取り出しました。出てきたのはほとんど同じに見える二つのバレッタ。淡いピンク色のリボンの形をしてるあたしのお気に入りで、少し前にマゼランが貸して欲しいというから貸したものなんですが‥‥。
「どうして二つあるの?」
「こっちはコピーなんだ」
手にとって見るとコピーの方は周囲に銀色の縁が入ってます。なんか元のより可愛いかも♪

「でね。お願いがあるんだ。このコピーの方、できたらずっと持っててくれないかな。前みたいに髪につけててくれたら、もっといいんだけど」
「これ、もらっていいの? どうもありがと。頼まれなくたって大事に持ってるわ!」
マゼランが作ってくれた方をとって、いつもの場所、右耳の上のあたりにぱちんと留めました。

マゼランが微笑んで、変わった響きの言葉を呟きました。
「あ‥‥あれ‥‥?」
マゼランが話したのは地球の言葉じゃありません。あたしがウミウシ語って名付けた言葉。二週間前、遊園地で会った髪の長い宇宙人のおばさん――ラバードさん――とマゼランが話す時に使ってた言葉です。で、マゼランが言ったのに少し遅れて、あたしの耳元で小さな声がしたんです。
〈遊園地、楽しかったね〉

聞こえるっていうより、頭に直接声の振動が伝わってくるみたいな、ちょっと変な感じでした。あたしはバレッタを取ってまじまじと見つめました。
「今、しゃべったの、この子なの‥‥?」

「翻訳機になってるんだ。最もよく使われてる三言語の、ごく簡単な会話だけだけどね。相手が何言ってるかわかれば、少しはいいと思って」
そういえばラバードさんが最初に遊園地に降りてきた時、離れたとこからこっちの方指さして何か言ってたんです。まさかあたしに用事とは思ってなかったんで、ぼけっとしちゃってました。わかってたら逃げられたかって言われても自信ないですけど。

マゼランがあたしの手からバレッタをとって話し続けます。
「これは通信機でもあって、持っててくれれば君が何処にいるのか僕に分かるようになってる。そしてこうすれば‥‥」
マゼランがリボンの結び目にあたる部分をくるっと回しました。
「音質は保証できないけど、なんとか話すこともできるから」
「‥‥‥‥‥‥」
「陽子?」
「あ、ごめん。うん、わかったわ。どうもありがとう‥‥」

これじゃまるで本当のボディガードみたい。適当な言い訳だと思ってたのに、なぜ‥‥?

バレッタを受け取って髪に戻しながら、あたしの口は聞きたいこととは違うことを言ってました。
「そういえばおじいちゃん、何時頃帰ってきたの?」
「十二時半は過ぎてたかな。だいぶ酔ってらして、お父さんに、その‥‥」
「いろいろ悪態ついてた?」
「まあ、そんなとこ」
「もー、しょーがないねー、おじいちゃん」
「朝は普通だったのにね。君が言ってたのと違うなと思ってたんだけど‥‥」
「あたしの前ではかっこつけてるの。あとマゼランもいたから。でもお酒飲むとだめなの」

マゼランがしばらく考え込んでから言いました。
「なんか、お父さんとお祖父さん、似てない? 僕もお父さんには相当煙たがられると思うけど‥‥」
実感こもってて思わず笑っちゃいました。あんまり考えたことなかったですがそうなのかもしれません。

「おじいちゃん、マゼランにはなんにも絡まなかった?」
「別に。でも何度か『この坊主は誰だっけ?』って確認されたけど」
「ぼうず‥‥」
いくらなんでも坊主ってことはないと思いますけど‥‥。

あれ? でも、マゼランっていくつなんだろう。見た目はちょっと年上のお兄さんぐらいなんですが、リンカーンの演説聞いたことあるみたいなこと‥‥言ってた気がする‥‥。ってことは、もしかして‥‥。
「ねえ、マゼラン? マゼランっていくつなの。もしかしておじいちゃんより年上なんじゃ‥‥」
「うん。だいぶ年上‥‥ってことになるのかな」

がーん‥‥。そ、そっか。そんなふうに考えたこと無かったです。
「じゃあ、二百歳ぐらい?」
「もうちょっと」
「三百歳?」
「もうちょっと上かな」
「‥‥じゃあ、ネッシーと同じぐらい?」

マゼランががくっとなって、笑い出しました。
「いきなり飛ぶなぁ! そこまでいかないと思うよ」
「だって、そんなに長く生きてる子、他に知らないんだもの」
「ネッシーは何万年も前に栄えた生物だからね。僕は地球人の年齢でいったら2400歳ぐらいだよ」
アメリカがまだ無い‥‥どこじゃないです。それ紀元前です。
「想像つかない‥‥」
「そうだろうね」
「地球にはどのくらい前からいたの?」

「‥‥あ‥‥。‥‥2400年ぐらい前‥‥。その‥‥大人になってすぐに来たから‥‥」
マゼランがちょっと答えにくそうな感じになって、まずい、って思いました。気をつけなきゃ。色々聞いてしつこくてうるさい女の子って思われたくないの‥‥。でもマゼランが違う話題出してくれて助かりました。

「そういえば、ネッシーはいたずらだったらしいよ」
「いたずら?」
「最初の写真を撮影した人が、あれは模型だったって告白してるんだ」
「じゃあ、ネス湖には恐竜は住んでなかったのね」
「うん。じつは僕もこっそり調べたことがあって‥‥。少なくともその時は巨大生命の反応は無かったよ」
「そうなんだ。ちょっと安心しちゃった」
「ほんとにいたら怖かった?」

あたしはゆっくり首を振りました。
「昔絵本で見た時、ネッシーはずっとずーっとひとりぼっちだったのかなって思ったらすごく悲しくなって泣いちゃったの。今の地球じゃ誰も友達になってくれそうもないし、だいたいほんとに出てきたら、絶対みんなに追っかけられちゃうし。こっそりタイムマシンで返してあげられたらいいのにって‥‥」

子供のころの悲しかった気持ちを思い出して、一気にしゃべって、それからはっとしました。じゃあマゼランは? 2400年地球に居たって‥‥。今は一人って言ってたけど、まさかずっと一人だったわけじゃないよね‥‥?

見るとマゼランはすごく優しい、でもいきなりふっと消えちゃいそうな、そんな微笑みを浮かべてます。時々こんな顔するんです。見てるとあたしまで寂しくなるような‥‥。

マゼランがぽつっと何かつぶやきました。もしかすると聞き間違いだったのかもしれません。
「‥‥君と知り合えて良かったな」
「え‥‥?」
マゼラン、今度はくすくすと笑ってます。
「なに? もう、なんなの?」
「昨日、君の寝顔を見て、初めて会った時のことを思い出したんだ。あの時、自分でもバカみたいに驚いたなーって」
「やーん、もう、忘れようよ〜〜」
思わずマゼランの上着の袖をつかんで揺さぶりました。考えて見るとあたし、いきなりマゼランのベッドで寝てたんですよね‥‥。それって、ちょっと、待って‥‥っ。

マゼランは揺すぶられながら声をあげて笑いました。
「あんなの、忘れられないよ」
「忘れよ、ねっ」
「いやだ。忘れない」
「もう〜、知らないっ」
‥‥本当はあたし、覚えててくれて嬉しいの。あんなバカなことでも、あたしのこと、忘れないって言ってくれて‥‥。

と、マゼランがすっと身を起こしました。ごめんと言ってモバイルを取り出して、あたしからちょっと離れます。小さな早口で何かしゃべり始めました。ウミウシ語じゃないみたい。でもあたしのバレッタがとぎれとぎれに言葉を拾ってます。

〈‥‥ポーチャー・コンビ? なんで連中がこんな星に‥‥はい‥‥。‥‥いきなりですか? ‥‥はい。了解しました〉

モバイルを懐にしまったマゼランが、何かを確認するように、ちょっと空を見上げます。すぐこっちを見て、にこっと笑いました。
「陽子、ごめん。ちょっと仕事が入った。昼過ぎには帰れると思うから」

ものすごくドキドキしだした左胸を押さえて頷いて、普通に聞こえるように注意しながら言いました。
「わかったわ。気をつけてね」

ああ、と言って手を振ったマゼランが松林に向かって歩き出します。その姿が木の中に見えなくなったと思ったら、林の上に真珠色の小さなカプセルのような物がちょっとだけ覗きました。それは音もなく、あっというまに上昇し、空に溶けてしまいました。

2006/10/31

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